梓の非日常/第六章・ニューヨークにて
(四)スベリニアン寄宿舎  ニューヨーク五番街にあるスベリニアン寄宿舎の前に立つ梓達。  メトロポリタン美術での鑑賞会を終えて、かつて暮らしていた場所を再訪したので あった。 『へえ。外観は昔と変わっていないみたいだわ』 『さあ、入ってみましょうよ』 『まず寮長にご挨拶しなきゃね』 『お部屋は、入ってすぐ右手だよね』  オークウッドの重厚な扉を開けて中に入る梓達。  ほとんどの学生達が外出中で照明の落とされたロビーは、ひんやりとした空気が漂 い、かつて梓達が暮らしていた頃のまま、時が留まっていたようにも感じられた。 『うーん。この雰囲気もかわってない』  人が入ってきた気配を感じたのか、右手の寮長の部屋が開いて、中から出てきた女 性。その姿を見るなり、梓と絵利香が同時に叫んだ。 『キディーさん!』  そして、思わず目に涙をためて、その胸の中へ飛び込んだのだった。 『あらあら、どうしたの? 二人とも』  ロビーの応接セットに腰を降ろす一同。 『ほんとこんなに大きく美しくなって、最初誰だかわからなかったわ』 『まだ寮長をされてたなんて思いもしませんでした』 『何か、居心地がよくってね。居着いちゃったのさ。ニューヨークの一等地にあって 交通の便もいいし、何たって家賃がただ! だから』 『うふふ。キディーさんらしいですね』 『みんなに紹介するね。あたし達がこの寮で生活していた時に、いろいろとお世話に なった寮長のキディー・アーネストさん。寮生活に関わる細々としたことや、フラン ス語を教えてくださったの』  美智子が立ち上がって自己紹介をした。 『はじめまして。お嬢さまの身の回りのお世話を仰せ付かっております美智子です。 同じく美鈴さん、明美さん、かほりさん』  他の三人も立ち上がって挨拶した。 『はじめまして』 『梓ちゃん達は、住んでたお部屋を見てらっしゃいよ。部屋は空室だから大丈夫』 『はい。それじゃあ、見せてもらいます』  と言いながら、絵利香が立ち上がる。 『悪いけど、美智子さん達はロビーで待ってていてね』 『はい。ごゆっくりと昔を懐かしんでください』  寄宿舎に関りのないメイド達までぞろぞろと歩き回るわけにはいかない。 『この娘たちには、私から当時の事話してあげてるわ』  席を立って、かつて生活していた部屋のある二階へと階段を昇っていく。 『天井、こんなに低かったっけ?』 『何言ってんのよ。わたし達が成長して背が高くなったせいじゃない』 『ああ、そうか』  二階の通路の突き当たりに、その部屋はあった。  神妙な面持ちで扉を開けて入る二人。 『変わってないわね』  アールデコ風に統一された調度品。  欧米において調度品は、その部屋に最初からセットされて用意されているものであ る。日本のようにまず空き部屋の状態から、住居人が自由に買い揃えるというもので はない。 『そっちのベッドに麗香さんが寝て、あたし達はこっちのベッドに並んで寝てたんだ よね』  梓がベッドの縁に腰掛けて懐かしんでいる。  絵利香は窓辺により、外の景色を確認している。 『外の風景は、ずいぶん様変りしているわ』 『この寄宿舎の中だけ、時間が止まっているみたいね』 『そう感じるのは、わたし達の記憶にあるイメージがそのまま残っているからよ』 『思い出はいつまでも永遠にあたし達の心の中にあるということか』  かつて麗香と共に生活していたあの頃のことを回想している二人であった。 『麗香さんも一緒に連れてくれば良かったね』 『うん……』
     
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