梓の非日常/第一章 生まれ変わり
(一)男の中の男  埼玉県川越市市街地の北東の外れに初雁公園がある。川越城址本丸御殿や市立博物 館・武道館や高校野球予選が行われる初雁球場などの名所・施設が立ち並んでいる。 その一角にある三芳野神社の広場に柄の悪い男達が集まっていた。一人の男を多数の 男が取り囲んでいる。 「で、この俺に、お前達の仲間に入れっていうのか」  中心に立つ男が、まわりの男達を見渡しながら言った。 「中学では番長でならしたそうじゃないか。できれば敵にしたくないからな。その方 がおまえのためにもなる」 「ふ、俺も。甘くみられたものだ。俺についてきた連中が勝手に番長だなんて言って いただけで、俺自身は番なんて張っちゃいなかったのさ。俺はつねに一人だった。第 一、今時番長なんて言うか?」 「と、とにかく仲間には入らないつうわけだな」 「あたりまえだ」 「なら、死ねや」  いきなり殴りかかる暴漢達。  相手の拳を軽くかわしながら、余裕で上着を脱いで投げ棄てる男。  暴漢達は次々と襲いかかるが、男の身体に触れることもできないでいた。男は軽や かなフットワークで暴漢達の攻撃を受け流し、相手の力量を計っているようだった。 「ちょこちょこ動きまわりやがって」  やみくも振り回した拳が男の頬に直撃する。 「あ、当たったあ」  しかし男は、全然効いてないといった表情であった。 「てめえらそれでも殴ってるつもりか、殴るってのはなあ」  といって一撃をぶちかますと、相手はいとも簡単に身体ごと吹き飛んでいった。  あまりのその破壊力のすさまじさに思わず尻ごみする暴漢達。 「びびってんじゃねえぜ。おら、おら、今度はこっちからいくぜ」  男が反撃を開始する。次々と吹き飛んで気絶していく男達。  そんな様子を木陰でじっと眺めながら、震えている少年の姿があった。  ものの数分で、暴漢達は男の足元に崩れ落ち、身動きすらしない。 「おい、そこに隠れている奴。出てこいよ」  男が、木の影にいた少年に向かって叫ぶ。 「てめえもこいつらの仲間か」 「いえ、ぼ、僕は」  木陰から姿を現した少年はまだ幼さを残した顔立ちをしていた。 「なんだ。まだガキじゃないか。中学生か?」 「い、一年になります」 「ふうん。名前は?」 「さ、沢渡慎二」 「そうか……いい名前だ」  男は慎二と名乗った少年の頭をなでながら尋ねた。 「おまえ。強くなりたいか」 「な、なりたいです」 「なら、教えてやろう。いいか、本当に強くなりたかったら、こんな奴等とは手を組 まないことだ。徒党を組むのは弱いやつらがすることだ。男ならたった一人で強くな る努力をしろ。いざとなって自分がピンチになったときでも、誰も助けになんて来て はくれないぞ。自分のことは自分で守るしかないのさ」  ズボンについた汚れをはたき落としている男。 「いかなる状況をも乗り越えられるように、身体を鍛え磨いておくことだ。それと女 の子には手を出すな。女の子には優しく、時には守ってやるくらいの気概がなくては いかんぞ。それが本当の男。男の中の男というもんだ」 「う、うん」 「よし、いい子だ。おまえなら、きっと強くなれるさ」  脱ぎ捨てた上着を拾い上げる男。 「あ、あの。お名前を」 「はは、名前なんてどうでもいいだろ。通りすがりの風来坊さ」  名を告げずに、少年を残して立ち去っていく。
     
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