思いはるかな甲子園
■ 練習試合 ■  河川敷き野球グランド。  練習を続ける野球部員達。  副主将の武藤が指揮を執っている。 「よし、六四三のダブルプレー!」  おお! という内野手の返事。 「順平、内角低めに投げろ!」 「はい!」  ピッチャーマウンドに立つ順平が、指示されたコースへ投げ入れる。 「いくぞ、ショート」 「よっしゃー」  順平が投げ入れたボールを確実にヒットしてショートへ運ぶ武藤。ボールを確実に ヒットし、打ちわけのできる武藤ならではの練習方法であった。もっとも相手がバッ ティングピッチャーであり、コースも判っているからできる芸当である。順平にして も、指示されたコースに放りこむことのできる技力が、かなり備わってきていた。  グランドの隅で投球練習している梓。その相手役の捕手を務めていた田中宏にむか って、そばで見ていた山中主将が伝える。 「宏! 梓ちゃんをマウンドに上げろ」 「あいよ」  宏ボールを梓に軽く投げ返して、 「梓ちゃん、出番だよ」  それを受け取って答える。 「はーい」  それまでバッティングピッチャーをやっていた順平がマウンドから降りながら、声 をかけてくる。 「頑張ってください」 「うん」  軽く答える梓。  そして熊谷相手に投球練習を開始する。 「梓ちゃん、しっかりね」 「ファイト!」  部員達からも声援がかかる。  それに軽く手を振って答える梓。  順平は、球拾いのため外野の奥に回る。 「うーむ……梓ちゃんがマウンドに登ると、みんなの表情がしまってくるなあ」  バッターボックス後方で梓の投球を見ている武藤に山中主将が語りかける。 「梓ちゃんにいいところ見せようって魂胆みえみえですけどね」 「まあ、それでもいいさ。練習に身がはいってさえいればな」 「しかし、ほんとにいいんですかねえ。女の子に投げさせて」 「しようがないだろう、梓ちゃん以外にまともにピッチャーつとまる奴、いねえんだ からな。ピッチャーなしでどうやって練習しろってんだよ」 「そりゃそうですが……一応、順平はピッチャーなんですけどね」 「ありゃ、だめだ。まだまだ、バッティングピッチャーにしか使えん」 「やっぱし……」 「スピードとコントロールはまあまあになってはきているが、バッターとの駆け引き では、梓ちゃんの足元にも及ばない」 「そうですね。梓ちゃんはスピードはないですが、コースを的確についてきます。相 手が打ち気を起こさせるようなコースなのでつい手を出してしまいますが、手元で急 激に変化します。あれじゃ、なかなか打てませんよ」 「そうだな。相手の好きな打撃ポイントを知り尽くしていなければできない芸当だ」 「ええ。仮に当てても、球速がないですから真芯で捉えない限り、ぼてぼてのゴロか、 内野フライがせいぜいです」  がやがやとグラウンドに入ってくる城東学園野球部選手達。  その中には超高校級スラッガーと称される沢渡慎二の姿もあった。  今日は城東学園との練習試合だったのである。 「キャプテン。城東の連中がきたようです」 「おう、やっと来たか」  城東学園野球部は、マウンドにいる梓を見て怪訝な顔をしている。 「見てください、キャプテン。マウンドのピッチャー、女の子みたいですよ」 「おい、おい。まさか、女の子が投げるってんじゃないだろうな」 「……みたいですよ」 「ちっ。なんてところだ」  山中主将が出迎えて、挨拶する。 「わざわざお越しいただき、恐縮です」 「ところで女子が投げておるようですが」  城東の金井主将が質問する。 「はあ、何せ部員不足でして……お許し願えませんか」 「まあ……、練習試合ですから、それは構いませんが。大丈夫なんでしょうなあ、あ の子」 「その点でしたら、ご心配なく。選手としては部員の中でもピカ一ですから」  それを聞いていた部員達が陰口をたたいていた。 「ピカ一だとよ。女の子がピカ一なら他の男はなんなんだよ。くずってことじゃない のか」 「ははは」  その時、沢渡が進み出てくる。 「いいじゃないですか。やらせてみたら」 「沢渡」 「男にまじって女の子がどこまでやれるか、見てみましょうよ。どうせ練習試合だし、 せっかくやってきたんですから」 「まあ、そりゃそうだが」  城東の会話を聴いていた武藤が、山中主将に耳打ちする。 「やつら、梓ちゃんのことさんざん言ってましたよ」 「ふん。そのうちほえづらをかくことになる」 「といってもうちの守備がねえ……」  ぽろぽろと球をこぼしている内野手達。  頭をかいている山中主将。 「あったくう……みんな緊張しているな」 「仕方ありませんよ。部員不足でまともな試合してないんですから」  武藤が言う通り、部員が多ければ紅白試合として、実戦に即した練習ができるのだ が、総勢十三名ではどうしようもない。他校との練習試合が唯一の実戦経験となって いる。 「しかしまだ試合もはじまっていなんだぞ。今からこれでどうする」 「相手は、甲子園優勝高校ですからねえ……」 「馬鹿いえ、浩二が生きていれば、本当はうちが甲子園優勝していたかも知れないん だぞ」 「といっても浩二君一人で勝ち進んでいたみたいなもんですから。全体的な実力はど うも……」 「言うな!」 「何にしても、城東がよく遠征の練習試合を受けてくれたものです。優勝高ですから、 他の高校からの申し出が殺到していて、スケジュールが一杯でしょうに。本来ならこ ちらから相手校に遠征するのが常識なはずですがね」 「う……ん。俺も不思議に思っていた。マネージャーとして試合を申し込んできた梓 ちゃんの可愛さで押し切っちゃったのかな」  といいながら梓に視線を送る山中主将。
     
↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v

小説・詩ランキング

11