思いはるかな甲子園
■ マネージャー ■  しばらくして。  山中主将に連れられて梓がグランドに入ってくる。  武藤のノックを受けている部員達。  梓に気づいた部員の一人。 「おい見ろ、キャプテンだ。あの子を連れてくるぞ」 「もしかしたらさ」 「ああ、たぶんそうじゃないかな」 「みんな集まれ!」  山中主将が声を掛けると、電光石火の素早さで部員が集まってくる。 「紹介する……といってもおまえらのほうが良く知っているのかもしれんが。今度野 球部のマネージャーをやってくれることになった、新入生の梓ちゃんだ」 「やったー!」 「騒ぐな!」  静まる一同。 「それでだ。うちの野球部のこまごまとしたことを、覚えてもらわねばならんのだが ね……」  一同を見回す主将。 「それだったら、僕が教えましょうか」  郷田が一番に手を上げた。 「おまえはだめだ、女の子を見るとすぐ手を出す悪い癖があるからな」 「そんなあ……」 「順平!」 「はい!」  部員の後方から一年生の白鳥順平が出てくる。 「おまえが教えてやれ。同じ一年生同士のほうが連絡をとりやすいし、何かと都合が いいだろうからな」 「は、はい」  神妙な表情で答える順平。 「以上だ! 練習をはじめろ」 「ちょっとお、自己紹介とかはないんですか?」 「馬鹿野郎! そんな時間があったらノックの一球でも多く練習しやがれー」 「ひゃあ!」  再び蜘蛛の子を散らすようにグランドに駆け出す部員達。  くすりと笑う梓。 「とまあ、こういう野球部だけど、よろしくたのむ」 「はい。キャプテン」 「順平、梓ちゃんの入部届けだ。後で学校側に提出しておいてくれ」  山中主将、入部届けを手渡す。 「じゃあ、後をたのむぞ。やさしく教えてやれ」  と、言うなりグランドの方へと歩いて行く。 「わかりました」  二人きりになる梓と順平。  そばのベンチに腰を降ろして話しはじめる。 「一つ聞いていいですか?」 「なあに」 「どうして野球部のマネージャーなんかになったんですか」 「野球が好きだから。理由にならない?」 「そんなことないと思うけど」 「順平君は野球をどうしてやるの?」 「僕ですか?」 「やっぱり甲子園出場かな?」 「それもありますけど、僕が甲子園を目指すのはもう一つ理由があるんです」 「聞かせてくれるかなあ」 「僕には尊敬する先輩がいたんです」 「尊敬する先輩?」  空を仰ぐ順平。 「夏の選手権大会県予選準決勝で、優勝候補西条学園をノーヒットノーランで抑えた、 長居浩二投手を知ってますか?」 (俺のことじゃないか) 「知っているよ。でも決勝を目前にして死んじゃったんでしょ」 「そうです。僕は中学の時に、長居先輩から投手の手ほどきを受けたんです。ボール の握り方から、変化球の投げ方。セットポジションの構え方とかいろいろとね」 (そういえば、そうだったなあ) 「するとその長居さんという方の意志をついで甲子園を目指しているわけね」 「そうです。でも……ピッチャーとしての能力に自信を持てなくて……長居さんとは まるで才能が違うから」 「そんな弱気でどうするの。才能なんて元々備わっている人なんかほんの一握りしか いないんだから。ほとんどの人が血のにじむような練習を重ねてうまくなっていくん だよ」 「長居先輩と同じ事言うんですね」 「え? あ、いえ」 「まあ、それが道理だと判っているんです。でもね……」  それきり黙り込んでしまう順平。 (あーあ。しようがないなあ……。浩二だったら「馬鹿野郎! そんな弱気でどうす る」とか言って、怒鳴りちらしてやるんだけど)
     
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