怪談おつゆ/中編


「遅かったのね」  家に戻ると、夕食を作って待っていた妹が言った。 「また、女の人にふられたんでしょう」 「ふん。いつもそうとは限らねえぜ」 「あら、じゃあ今夜はうまくいったの」 「まあな」 「へえ……めずらしいこともあるのね」 「おまえ、俺を馬鹿にしてないか?」 「うん」 「一度、犯してやる」 「ふん。もうごはん作ってあげないわよ。洗濯も自分でやってね」  俺が何もできないのをみこして、さんざん言いたい放題だ。  しかし、両親を交通事故で失ってただ一人の肉親であり、可愛い妹なのだ。まだ高校生 のこいつが結婚するまで、俺は面倒みるつもりだ。  その翌日。  俺は昨夜のことが気になって、例の墓地の中のお堂に再び行ってみることにした。妹に は黙って家を抜け出した。 「こんな時間にどこ行くの?」  と根掘り葉掘り聞かれ、しまいには一緒に付いて来るのが目に見えていたからだ。 「もしかしたらおつゆさんにまた逢えるかもしれない」  おつゆといった彼女は俺のことを人違いしている。結局最後までいってしまい、俺は男 としてのはじめての体験をさせてもらった。思い出しただけでも下半身がまたむずむずす る。 「おまえは人違いを利用するつもりなのか?」  自問自答してみるが、欲望のほうが強かった。  あらためて見るお堂は相変わらずさびれたまま苔むしている。 「俺はここで昨晩おつゆさんと……」  その時、墓地の茂みの方から、カラーンコローンというげたの音が響いてきた。やがて ぽっと浮かびあがる灯篭のあかり。  誰かがくる!  灯篭を片手にささげ持ち、着物姿もなまめかしい怪しげな女性が、げたの音も高らかに 静かに歩みよってくる。  それはまさしくおつゆさんであった。  階段を勢い良く駆け上がってくる足音がしたかと思うと、妹が俺の部屋に飛び込んでき た。 「お兄ちゃん!」 「なんだよ、血相をかえて」 「お兄ちゃん。昨日の夜誰とあってたのよ!」 「誰って……おまえ」 「墓地にあるお堂で、女の人と逢っていたでしょう」 「なんで知っているんだ。さては後をつけてたな。おまえ覗きもするのか」 「そんなこと、どうでもいいじゃない。それより、あの女の人が誰だか知っているの?」 「おまえ知っているのか」 「知っているも何も、あたし気になったから後をつけたのよ。そしたら」 「ああ、人の恋路を邪魔するとたたられるぞ」 「そ、そうよ。たたられているのよ」 「誰が」 「お兄ちゃんよ」 「なんだって……」 「あの人の後をつけていたら、墓の中にすっと消えちゃったのよ」 「墓の中に?」 「あの人幽霊なのよ」 「まさか……」 「本当なのよ。信じたくないのはわかるけど」 「ほほう、確かに邪悪な霊にみいられているようじゃのう。このままではいずれ、精気を すべて奪われておぬし命を落すぞよ」  その霊媒士は不気味な笑いを浮かべて言った。 「どうすれば霊を払うことができるんですか」  妹が心配そうに尋ねた。 「簡単じゃよ。このお堂に三日三晩こもってその女の誘惑を退ければ、諦めてあの世に戻 っていくじゃろう。ほれ、このお札を戸口に貼っておれば、邪悪な霊は近付くこともでき まいて」 「大丈夫でしょうか」 「まあ、万が一ということも考えて、お主の身体に経文を書いておけば万全じゃよ。中に 踏み込まれてもこの経文がお主を守ってくれる。姿を見えなくし、強力な結界を張って主 に触ることもできん。どれ、経文を書くから裸におなり」 「ええっ! 裸になるの?」 「服を着ていたらだめなんじゃよ。経文は生きたものにしかきかない、服に経文を書いて も無駄なのじゃ。直接素肌に書かないとな」 「あの……パンツも脱ぐんですか」 「当り前じゃ」 「ちょ、ちょっとどこ触っているんですか」 「馬鹿もん! 一番肝心なところに書かなんでどうする」  霊媒士は、俺の息子をいじくり回しながら、経文を埋めつくすように書いていった。
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