あっと! ヴィーナス!!(12)
 part-9  楽しい夕食のはずだった。  母のお手伝いをして、自分が包丁を入れて料理の下ごしらえをしたのだ。  それはそれでいいとして、問題はここにいる……。 「ヴィーナス! なんでおまえが夕食の席に並んでいるんだよ! それもお父さん の席に陣取りやがって」 「ん?」  ヴィーナスの前には、酒瓶が並んでいる。  しかもすでにできあがっている。 「いまなんかいったかろー」  酔っ払ってるじゃんか。  人の家に勝手に上がり込んで勝手に酒飲んで酔っ払って、こいつは一体なに考え てんだか。 「弘美ちゃん、いいのよ。わたし達の願いをかなえてくれたんだもの。これくらい のことしなくちゃね」 「そうらろ……しなくたいかぬのらろ」  なに言っとるんじゃ。ろれつが回ってない。 「うらうらいってっと、ぶたにしちまうぜよ」  げっ!  豚にされたらたまらん。この酔っぱらい状態じゃ、ほんとにやりかねないぞ。  ここはおとなしく持ち上げていたほうがいいみたいだ。 「はい。ヴィーナスさまには感謝しています。今後ともよろしくお願いします」 「うむ。よろひい!」  と納得して再び酒をのみはじめる。  ほんとにこれでも女神なの?  確かに、女の子にしたり戸籍を改竄したり、関係者を洗脳したりと超人的な能力 を持ってはいるようだけど、人格というか神の資質に問題があるんじゃない?  きっと男女の生み分けの際にも酔っ払ってたとか?  ありうる!  ひとしきり飲んで酒がなくなった後にヴィーナスは帰っていった。  この調子だったら、酒にありつこうと毎晩やってくるんじゃないだろうか。ただ でさえお母さん達は、感謝感激雨霰ってかんじだもんな。 「ねえ、お母さん。大丈夫なの?」 「なにが?」 「酒代だよ」 「心配いらないわよ。弘美ちゃんが女の子でいられるなら、全財産を食い潰されて も構わないくらいよ」  おいおい。それはないよ。 「それより、今夜は一緒にお風呂に入りましょうね」 「ええ! なんでえ?」 「これから女の子として暮らしていくには、いろいろと避けて通れないこともある じゃない。たとえば修学旅行や社会人になれば慰安旅行と、共同浴場に入ることも あるわよね。当然自分の裸体をさらけ出すことになるし、他人の裸も目に入るわ。 そんな時のために今から経験しておかなければいけないでしょ? お母さんを相手 にね」 「そりゃそうだけど……」 「それに女の子の肌や髪はデリケートだから、それなりの身体の洗い方とかも教え てあげる必要があるの」 「そ、そんなの適当でいいじゃない」 「だめ! ちゃんとできるようになるまで一緒に入るわよ」  言い出したら利かない母の性格だった。  というわけで、今一緒に風呂に入っている。  母とはいえ生の女性の裸を目の当たりにするのははじめてだった。そりゃあ、子 供の時は一緒に入っていた記憶があるにはあるが、異性を意識する年頃になってか らはまだ一度もない経験だった。  あたりまえだ!  この歳でまだ母と一緒に入っていたとしたら常識を疑う。  それがいきなり女の子になって、自らの裸をさらすことも重なって、恥ずかしさ の極みだった。  とにかく入浴は、裸と裸のぶつかり合い、じゃなくて……ちょっとエロチックな 状態にあるといえた。生身の女性の裸体をさらけ出し合って身体を洗いっこしたりして、 「いやーん。そこ、くすぐったい」 「あらん、ここが感じるのね」  とか言いながら……。  ちがう! ちがう!  なに考えてんだよ。  …………。  胸もあそこも隠すわけにはいかないから恥ずかしくて、見られるくらいならずっ と湯船に浸かっていたいくらいだ。  それじゃあ、のぼせちゃうって。  でも母はまるで気にもかけていない。そりゃまあ、これまでにも公共浴場に入っ たことは数知れないだろうし……。身を分けた実の娘だもんな。 「いい? 女の子の肌はソフトに洗わなければいけないの。特にお顔は念入りに専 用の洗顔フォームを使わなくちゃだめよ。普通の石鹸はアルカリ性で肌を傷めちゃ うのよ。だから中性か弱酸性タイプの洗顔フォームが必要なの。洗うときはよーく 泡立ててから使うのよ。泡で汚れを落とすかんじよ」  とにかく一から十まで、噛んで含ませるように丁寧にレクチャーしてくれる。 「ああ……。やっぱり女の子はいいわよねえ。こんなにも色白で柔肌で、もちもち っとした感触が最高よ。それに何より一緒に入れるのがいいわよね。これからも一 緒に入りましょうね」  あ、あのねえ……。 「弘美ちゃん、いいわよね?」  なんて目をじっと見つめられて真剣に尋ねられたら、 「う、うん」  と、答えるしかないじゃないか……。  しようがない、お願いを聞いてあげよう。親孝行の一貫ということで、母親だし。 「だめだめ、だめよ!」  風呂から上がって身体を拭っている時だった。 「身体はともかく、お顔はそんなにごしごしやったらだめじゃない。刺激には一番 敏感な肌なのよ。いい? そっとタオルで押さえるようにするの。押さえるようによ」  とにかく、一つ一つの動作にチェックが入る。  なんて面倒なんだ。  さらにはドレッサーの前に座らされて、就寝前のお肌の手入れだった。 「中学生に化粧は必要ないとは言うけれど、お肌を常に最高の状態に保つためには、 やはり手入れは絶対よ。アルカリに傾き加減の肌を弱酸性にするためのローション。 入浴で失ったお肌を覆っていた脂肪を補って、水分の蒸発を避けるための乳液。ち ゃんと毎晩しっかりと手入れをしなくちゃ」  もう……うんざり。 「聞いてるの?」 「聞いてるよ」 「はい! これで完璧よ」  母から解放されたのはそれから三十分後だった。  女の子としての在り方のうんちくをさんざん聞かされた。  こんなことが毎日繰り返されるのだと思うと……。  頭が痛い! 「だから、わたしがあなたのそばに付き添っているのよ」  ヴィーナスの声が聞こえたような気がした。  いや、確かに脳裏に語り掛けてきたようだ。  いついかなる時も、ヴィーナスの庇護下にあるようだ。  パジャマに着替えようとタンスを開けてみると。  ない!  以前着ていた男物の衣類が一切なくなっていた。  捨てられた?  学校に行っている間にだろう。  女の子になったからには、もう必要のないものとはいえ、愛着のある服もあった。 それを無断で処分されては気分を害された感じ。 「いつまでもうだうだ言ってんじゃないよ。いい加減あきらめな」  ヴィーナスの声だ。  四六時中監視されているというところかな。  ところで女神も寝るのだろうか?  酒なんか飲んで酔っ払っているところをみると、いかにも人間臭いからやはり寝 るんだろうな。  しようがねえな……。
     
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