真奈美の場合/女体改造産婦人科病院III番外編

        (二)

「どうして、真菜美が産婦人科に入院しているのですか? それにどうして今まで、連絡がなかったのですか?」
 警察から連絡を受けて来院した母親が開口一番尋ねてきた。
 警察病院なら話しは判るが、産婦人科に入院している理由を疑うのは当然だろう。
「まず最初の質問ですが、お嬢さまは、妊娠されていたのです」
 妊娠については、母親のことだ。真菜美の体調の変化には気づいていたかも知れない。だから正直に話す事にしたのだ。
「妊娠! 真菜美が妊娠してたんですか?」
「そうです。男に騙されたあげくに強姦され、妊娠していました。切迫流産に陥ったために、中絶手術のために、こちらに搬送されてきたんですよ」
 事実とは違うが、警察の中にも裏組織の構成員が大勢いるので、多少の事なら都合のいいように、調書を改竄する事くらいたやすいことだ。
「う、嘘です。嘘ですよね」
 娘が妊娠していたとは信じたくないのはよく判る。たとえ気づいていたとしても認めたくないのだ。
「お母さんの気持ちは判ります。しかし事実をひた隠しにしても、問題は解決しません。お嬢さんとは、これからも一緒に暮らしていかれるのですから、腹を割って正直に話し合った方がいいと思います。お嬢さんが負った、身体的及び精神的な傷は、一生涯癒える事はないかも知れません。こういう時こそ、事実をしっかりと見据えて、母親として何ができるかをお考えになられるべきだと思います」
 母親はほとんどヒステリー状態にあった。母親としての自責の念にかられてのことだろうとおもう。
「もう一つの質問は、お嬢さまが記憶喪失になられていて連絡を取ろうにも取れなかったということです」
「記憶喪失なのですか?」
 茫然自失の母親に代わり、父親が聞き返した。
「ええ、妊娠したことがよほどのショックだったのでしょう。はっきりと言いますと、お嬢さまはご両親のことをすっかり忘れてしまっているようです。これまでの間、お嬢さまの口から、一言もでてきませんでしたから」
 すでに脳死していて、ある男性の脳を移植して蘇生させたから、などとはとても言えないし、信じてもくれないだろう。
 現在の真菜美の脳は、もともとは柿崎直人のものだ。真菜美の魂が元に戻ってこれたとはいえ、その記憶には限りがある。生まれてからの十六年間の記憶は膨大なものである。魂として浮遊していた真菜美が、そのすべてを持ってこれるわけがない。あるのはごく日常の自分自身のものでしかないのも当然だろう。
「もしそれが本当だとしたら、親としてどう真菜美と付き合っていけばいいのでしょうか?」
「もう一度赤ちゃんから育てるつもりで、気長にやっていくしかないでしょう」
「赤ちゃんからですか……」
「そうです。たとえ記憶はなくても、正真正銘にあなた達のお嬢さんに間違いないのですから。今の真菜美さんには、ご両親の暖かい愛情が不可欠なのです」
 無意識に”正真正銘”という言葉に力が入った。
 真菜美という人格は、生まれ落ちてまっさらの状態から、十六年間かけて育んだものである。そして今またまっさらに戻って、これから新たなる真菜美の人生がはじまるのだ。
「愛情ですか……。実は正直に申しますと、私は仕事一本槍で、家庭を省みる事がなかったのです。恥ずかしながら、父親のくせに真菜美ともまともに口を聞いた事がないのです。はたして父親としてちゃんとやっていけるか」
「そんな自信のないことでどうするのですか。年頃の娘というものは、父親を毛嫌いする事がままありますが、本当は父親に愛され甘えたいという心象意識の裏返しということがよくあるのです。真菜美さんが男に騙されたというのも、その男のどこかに父親の姿を見出して、一緒に付いていったからともとれるのです」
「そうでしょうか……」
「心配する事はありませんよ。真菜美さんは、記憶を失っていますが、かえってそれが親子の絆を、もう一度築いていく良い機会だと思います。あなたがたの真菜美さんとの接し方、そして教育の在り方次第で、真菜美さんはどのようにも育っていくはずです」
「わかりました。何とかやっていきましょう」
「それがいいですよ。ただし、いきなり親子の生活をはじめると、真菜美さんの方も混乱しますので、もうしばらく入院したまま、ご両親が面会しにくるという形を取りたいと思います。親子の会話を続けていって、信頼関係を築いていく。そして真菜美さん自身の口から、ご両親と一緒に生活してもいいと言ってくるまで、温かく見守りたいと思います。それが双方にとっても一番良い方法です」
「そうですね。真菜美の事は先生に一任します」
「念を押しておきますが、必ずご両親揃って面会に来てくださる時間を作ってください。できれば毎日来ていただきたい。会社が忙しくても、会社帰りのほんの数分でもいいんです。毎日面会に来てくれて、両親から愛されているという実感を、真菜美さんが感じ取れることが非常に大切なのです。たとえ面会に来ても、気恥ずかしくて何も喋れないというのでも構わないのです。とにかく双方が一緒の時間を過ごす事が大事です。やがて双方が打ち解け合うでしょう。かつては一緒に暮らしていた親子なんですからできるはずです」
「わかりました。何とか時間をとって毎日会いにきましょう」
「そうしてください。そしてもう一度、真菜美さんの赤ちゃんの時のことを思い出してください。どの赤ちゃんも、産まれたばかりの頃は原始反射しか示しません。泣く事はあっても、どんなにあやしても決して笑いません。親の姿が見え声が聞こえていても無関心なのです。しかし親が毎日抱いて声を掛けてあげていると、やがてその声や親の顔の表情に反応するようになります。自分が泣く事で、親が抱いて介抱してくれるんだ、ということを学習していきます。
 だから何かして欲しいと泣いて意志表示をするようになります。親子関係のはじまりですね。母親が抱いていると、じっとその顔を見つめて、その表情を読もうとする態度が表われてきます。この頃から、あやすと笑うようになってきます。母親の乳房にすがりついて一心にお乳を飲んでいても、必ず母親の顔を見ます。そして母親のやさしい表情を覚えていきます。やさしい表情を見て安心して、やがて眠りに入ります」
 母親は何も言わないが、じっと耳を傾けている。真菜美の赤ちゃんの頃を思い起こそうとしているようだった。私の一言一句に納得したように頷いている。
「さて現在の真菜美さんのことを考えてみましょう。最初に、赤ちゃんを育てるつもりで気長に、と私は申しあげました。今の真菜美さんは生まれたばかりの赤ちゃんなのです。ご両親に会っても、何の反応も見せないかも知れません。困惑するばかりで、何も喋ってくれないかも知れません。でも生まれたばかりの赤ちゃんなら当然と考えてください。毎日接して話し掛けていればいずれ心を開いて真菜美さんの方から答えてくれるようになるでしょう」
「わかりました。何とかやっていきましょう」
「心配する事はありませんよ。真菜美さんは、記憶を失っていますが、かえってそれが親子の絆を、もう一度築いていく良い機会だと思います。あなたがたの真菜美さんとの接し方、そして教育の在り方次第で、真菜美さんはどのようにも育っていくはずです」
「わかりました。すべて先生のおっしゃるとおりにします」