響子そして(前編)

(一)崩壊  わたしは、裕福な家庭に生まれ、やさしい両親に育てられた。  ミュージカル劇団に所属していた。  ある創作劇をやることになったのだが、娼婦役がなかなか決まらなかった。かなり きわどいシーンがあるので、女性達が尻込みしてしまったのだ。役をもらえるのはう れしいが、娼婦役では困る。ミュージカルで独唱部分があるので、男性が女装して演 じるわけにもいかない。そうこうするうちに、変声前でボーイソプラノのわたしに白 羽の矢がたった。思春期に入ったばかりで、女性的な身体つきをしていたし、顔も中 性的なマスクが女性の間でも人気があったからだ。  主なストーリーは、没落貴族の娘が生きるために街娼として街にたって客引きをし ている。ここでは暗い娼婦の歌が歌われていく。徹底的にどん底の生活を表現する事 で、後の大団円をよりいっそう盛り上げる演出だった。そこへ国王の第三王子が、お 忍びで通りかかり一目ぼれする。ここでは娼婦と王子の掛け合いの歌。やがて二人の 間に愛が目覚め、幾多の困難を乗り越えて、国王を説き伏せて、婚約にこぎつける。 契りの歌。しかし幸せは長く続かなかった。戦争がはじまり二人は引き裂かれる。別 離の歌。やがて戦争が決着するが王子の戦死の知らせ。悲嘆し再び街娼に立つ娘。や がて、死んだはずの王子が返ってくる。王子は生き別れた娘の捜索をはじめ、ついに 娘を発見する。再会の歌。そして大団円に向かって、新国王となった王子と娘は結婚 式を挙げる。結婚式では幸せ一杯の二人と共に、全員で婚礼の歌を高らかに大合唱す るというものだった。  稽古と共に衣装作りもはじまった。娼婦が着る衣装は、中世のフランス貴族風のス カートが大きく膨らんだきらびやかなドレス。娼婦用と婚礼衣装の二着が用意される。  娼婦とはいえ、役がもらえて有頂天のわたし。本舞台に出られるなら本望だった。 雰囲気作りの為に、レッスン中には女装され化粧も施された。女装に慣れていないと 本舞台でも、恥ずかしがったりして実力を出せずに舞台をだいなしにする可能性があ るからだ。  毎日、楽しく劇団通いしていた。  そんな幸せな生活が、ある日を境に崩壊した。  日曜日、舞台稽古のために、劇場へ向かう途中で交通事故にあってしまったのであ る。  救急病院へ搬送され緊急手術が行われる事になった。  気がついた時、ベッドの上にいた。  周囲を見回すと、輸液の投滴を受ける医療器具などに囲まれていた。  ドアの外から怒鳴っている父親の声が聞こえてくる。 「どういうことだ! 弘子、説明しろ!」 「そ、それは……」  弱々しい母親の声も微かに届いた。 「どうして血液型が合わないんだ!」 (血液型が合わない? なんのこと……) 「私はA型、おまえはO型。B型の子供が生まれるはずがないじゃないか!」 「本当です。わたし、お父さん以外の男性とは関係した事ありません。間違いなくあ なたの子供なんです」  必死で力説するような母親の声。  わたしが退院した時、両親の間には離婚問題が持ち上がる程の険悪関係にあった。  離婚を切り出したのは父親の方で、すでに家を出て愛人の女と暮らしていた。  以前から愛人関係にあったという噂が流れていた。  母親は離婚調停の法廷の場でも身の潔白を訴え続け、ついに親子の血液鑑定に計ら れることになった。  その結果、父親の血液遺伝子に異常が発見された。表現型はA型でも遺伝子がAb 因子ということが判明したのだ。遺伝子の一方が血液発現力の弱い特殊な劣性B(b 因子)だったのだ。そのため本来なら表現型ABの血液型となるところが、優生遺伝 子のA因子に負けて表現型Aの血液型となって現われた。  そしてその子供には、父親から劣性な(b因子)と母親の(o型)を引き継いで生 まれた。遺伝子型(bo)となって、劣勢ながらもB型を発現させる(b因子)によ って発現B型の血液型となった。  ここに正真正銘の父親の息子であることが確定し、母親の貞操は証明された。  しかし一度こじれた関係は、二度と戻らなかった。