特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(六十三)新しい生活へ  というわけで、とんでもない展開になってしまったが、勧誘員の情報を得て、警察 と麻薬取締部が結束して、売春組織の壊滅に成功したのである。  それから数ヶ月が過ぎ去った。  その勧誘員は……。いや、そういう言い方はやめよう。  彼女の名前は、榊原綾香。  黒沢医師による性転換手術を受けて、完全なる女性として生まれ変わった。  もちろん完全であるからには、妊娠し子供を産み育てることのできる真の女性とし てである。  黒沢産婦人科病院にて女性看護師見習いとして忙しい毎日を送りながらも、正看護 師になるべく看護学校に通っている。  おだやかな性格で、子供に対してもやさしく、入院している妊婦達からの評判も 上々で、まさしく看護師となるべくして生まれてきたような仕事振りだった。  そんな働き振りを見るにつけても、性転換を施しすべての罪を許すという、黒沢先 生の決断は正しいと言えるかもしれない。  例の薬によって、脳の意識改革が行われて、男性脳から女性脳へと再性分化が起き たと考えられている。もはや心身ともに完全に女性に生まれ変わったのである。  彼女は性転換されることによって罰を受け、さらに看護師として人の命を守る職に つくことで、罪を償っている。  罪を憎んで人を憎まず。  彼女はもはや一人の善良なる女性に生まれ変わったのである。  ところで、この榊原綾香のこともそうではあるが、黒沢産婦人科病院にはもう一人、 気にしなければならない患者が入院していた。  磯部響子である。  覚醒剤の犠牲となり、母親殺しから少年刑務所に入り、その後には暴力団の情婦と して性転換して女性に生まれ変わって生活していたものの、暴力団の抗争事件から捕 らえられて覚醒剤を射たれた挙句に投身自殺した、あの悲劇の女性である。  綾香の勤務ぶりを視察した後で、話題を切り替える真樹だった。 「響子さんの具合はどうですか?」 「ああ、やっと覚醒剤を体内から除去できたよ。フラッシュバックも起きないだろう。 もうしばらく様子をみたら退院だ」  フラッシュバックとは覚醒剤特有の再燃現象と呼ばれるもので、大量に飲酒したり、 心理的なストレスが契機となって、幻覚・妄想といった覚醒剤における精神異常状態 が再現されるものである。 →薬物乱用防止「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ http://www.dapc.or.jp/data/ka ku/3-3.htm 「良かったですね。もし響子さんに何かあったら、一生後悔ものです」 「会っていかないのかね?」 「いえ……。わたしは麻薬取締官です。わたしの身の回りは麻薬の匂いにまみれ、麻 薬に関わる人間達との抗争の毎日です。そんな世界に生きるわたしが、響子さんのそ ばにいればいずれ麻薬の災禍が降りかからないとも限りません。遠くから見守るだけ にした方が、響子さんのためだと思います」 「そうだな……。君の言うとおりかも知れないな。君が麻薬取締官である限り、犯罪 組織と関わらざるを得ない。組織に君の顔が知られることもあるだろう。そうなった 時に響子君がそばにいれば身代わりにされることも起こりうるというわけだ」 「ですから、会わないほうがいいんです。これ以上、響子さんを覚醒剤の渦中に引き ずり込むことは避けたいのです」 「判った」  それから数ヶ月して、磯部響子は無事に退院し、黒沢先生の経営する製薬会社の受 付嬢として就職。  ごく普通のOLとしての平和な日々を暮らしているという。  さすがというか、思春期以前から女性ホルモンの投与をし続けてきたおかげで、ど こからみても女性にしか見えない美しい顔とプロポーションで、指折りの美人受付嬢 として社内はおろか出入りする業者の間でも評判となっていた。  そしてわたしの方にも大きな変化があった。
     
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