特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(二十七)黒沢産婦人科病院  ある日のこと。  課長に呼ばれて、 「今日より正式に拳銃の所持を許す」  と、麻薬取締官の制式拳銃であるベレッタM84FS(M85))自動拳銃を渡された。 「いいんですか?」 「今まで、よく我慢して職務についてくれたからね。今日からは、捜査の現場にも出 てもらうことにした」 「ほんとうですか?」  真樹の瞳が爛々と輝いた。 「嘘など言ってどうする。捜査にはベテラン取締官と一緒に行動することになるが、 一応護身のためにも拳銃は必要だ。女性の君に拳銃を所持させるのは、心配ではある のだがね」 「ありがとうございます」  早速銃を受け取り、上着を脱いで専用のホルスターを装着して、銃を挿してみる。  しかしながら、真樹は身体が細い上に、薄い生地でできた女性衣料の下に、ホルス ターを提げてみると、はっきりとその装着状態が服の上から視認できて具合が悪かっ た。 「これじゃあ、銃を持っているとはっきり判っちゃいますよ」 「そうみたいだな」  ホルスターの位置をいろいろ変えてみたが無駄に終わった。 「もっと小型で、女性が持つハンドバックに入るような拳銃はありませんか?」 「と、言われてもねえ。これが麻薬取締官の制式拳銃なんだよ」 「これでは携行できません」 「やっぱり、現場じゃなくて、鑑定の方じゃだめかね?」 「課長!」 「判っているよ。何とかしよう」  と言うわけで、携帯用の拳銃は後日と言うことになった。  仕事を終えて庁舎の玄関に出ると、敬が車で迎えに来ていた。 「よお、お疲れさん」 「迎えにくるなんて珍しいわね。どこか、行くの?」 「ああ、君に会いたいと言う人の所へ行く」 「わたしに会いたい?」 「君にとって、人生を百八十度転換させた人物にね。いや、恩人と言うべきだな」  頭の回転の速い真樹のことである。  人生を百八十度転換させたとなれば……。  あのニューヨークで命を救ってくれ、斉藤真樹としての人生を与えてくれた恩人。 「黒沢先生が、日本に戻って来ているの?」 「ぴんぽーん!」 「ねえねえ。どこにいるの? 大学病院かなんか?」  あれだけの移植技術を身に着けているのだ。ただの町医者ではないと思っていた。 「行けば判るよ」  意味深な受け答えをする敬。 「もういじわるね」  敬は口笛を吹きながら、しばらく街中を走らせていたが、やがて目前に大きな建物 が現れた。  白亜の清楚な感じを漂わせているが、大学病院ではなさそうだし、個人病院にして はかなりの大きさを誇っていた。  入り口に大きな看板があった。 「黒沢産婦人科・内科病院」  確かにあの黒沢先生の病院のようである。 「ここなの?」 「ああ、そうだよ」  敬は、正面玄関には入らずに脇の側道へと車を走らせた。 「玄関から入らないの?」 「そっちは表の世界の人間が出入りする玄関なんだ。闇の世界の人間が出入りする別 の玄関があるんだ」 「闇の世界?」 「ニューヨークで真樹が性転換手術を受けた病院は闇の病院で、そこの常駐医者の一 人が黒沢先生だ。真樹も知っていると思うが、闇の世界に入ったが最期、二度と表の 世界には戻れない。表側の病院は、先生の父親が経営していて、その地下に黒沢先生 が闇の病院を運営しているというわけさ。黒沢先生にとって表側はカモフラージュ」 「あれだけの腕前を持っているのにどうして闇の世界に入ったのかしら」 「それは聞かないほうがいい! 聞いたが最後、真樹も闇の世界の仲間入りだ。まあ、 先生が話してくれるのを待つんだな」 「ふうん……」  車は裏手の藪地のような所を突きぬけ、やがて地下へ降りるスロープを降りていっ た。
     
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