特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(八)さらばニューヨーク  外に出ると、まぶしいばかりの光に、思わずよろけてしまった。いやそれだけでもな い、ずっとベッドの上に横たわっていたのであるから、足腰が弱っているせいでもあっ た。  真樹が泊まっていたホテルに連絡してみると、荷物をそのまま預かっているという。 保管料を支払って引き取ってくださいということだった。 「置いていってはいけないでしょうね……」  本来自分の持ち物ではないが、今の自分は斉藤真樹であり、日本に戻って真樹として 生活するのに必要なものが入っているかもしれない。ホテルへ行って、荷物を引き取る ことにする。  タクシーを拾い、ホテルの名を告げる。ここニューヨークではタクシーを拾うのも十 分に気をつける必要があるが、生死の淵をさ迷う自分を思えば、今更という感がないで もない。  ショルダーバックには、パスポートと身分証の他、ホテルの預り証が入っていた。預 かり品を受け取りにホテルに行ってみると、予想通り重たい長期旅行用スーツケースだ った。国際線機内持ち込み制限寸法の115cmをはるかに越えている。大事なものや 記念品とかが入っているかも知れないので、かなりの保管延長料を支払ってそれを受け 取る。  取りあえずは一日そのホテルに泊まることにする。  部屋に通されて、スーツケースを開けて確認してみる。  数日間を旅行するための衣類がきれいに畳んであった。薄いベージュのワンピースに、 ピンク系のツーピーススーツ。そしてランジェリー  その中に混じって手帳があった。 「アメリカ旅行記」という題目が書いてあった。  旅先での思い出がつらつらと書き綴ってある。  最初の訪問地はサンフランシスコ。ラスベガスのカジノで少しばかり儲けたらしい。 シスコを拠点にして西部アメリカを観光した後に、横断鉄道に乗って東部アメリカへと 向かう。そしてニューヨークで終わっている。 「ここで抗争事件に巻き込まれてしまったのか……。運が悪かったというところね。可 哀相……」  手帳の内容はほぼ把握できた。  真樹の経験してきたことの一端を記憶に留めておく。  手帳を閉じ、窓際に立って、ホテルからの景色を眺める。  すっかり外は暮れていて、ニューヨークの夜景が美しく輝いていた。 「ニューヨークの夜景か……敬と一緒に見る約束だったのにな……」  敬は、あの包囲網から逃げ失せただろうか?  あれから舞い戻って自分、佐伯薫を探し回っているかも知れない。  しかし、それを確認するために戻るわけにはいかなかった。  佐伯薫の死体が消失したのを知って、組織が捜索のために動いているかもしれないか らだ。  今自分がするべき事は、佐伯薫としての自分のためではなく、斉藤真樹として日本に 帰り、心配しているであろうその両親に無事な姿を見せてあげることである。  翌朝。  ケネディー空港では、組織の影に一抹の不安を抱きつつも、無事に通関ゲートをくぐ って飛行機に乗り込むことができた。  そして飛行機は飛び立つ。  眼下に広がるニューヨークの展望に熱い思いが溢れる。 「さらばニューヨーク。さらば佐伯薫。そして沢渡敬、運命に女神が微笑みかけるなら ば、生きて再会しましょう」  万感の思いを胸に、アメリカを離れ一路日本へと向かう。  未来ある斉藤真樹としての生活を生きるために。
     
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