第九章・カチェーシャ
Ⅰ  言語学者 =クリスティン・ラザフォード  ミュー族 =エカチェリーナ・メニシコヴァ  医務室で待機する盲目の女性。  彼女の名前は、エカチェリーナ・メニシコヴァ。  目が覚めた時、周りには人の気配と聞いたことのない声と、規則的で機械的な音 が続いている。そして、病院特有の消毒薬の匂いが漂っていた。  ベッドの上に寝かされているようだった。 『ここは敵の船の中? それも病院?』  寝てもいられず、ともかく身体を起こしてみる。 「あら、気が付いたのね」  女性の声がしたが、何と言っているか分からない。  近づいてくる足音。 「言葉が分かる? 分からないわよね……どうしたものかしら」  優しく問いかけるその言葉には、何とか意思疎通をできないかとの、緊張感が伝 わってくる。  手を取られたかと思うと、自分の胸辺りに誘導して、 「あなたね」  と言った。  続いて、その手が伸びたと思ったら何かに触れたが、どうやら相手の胸のようで あった。 「わたしよ。名前はクリスティン」  と言った。  そして再び、自分の胸を触って、 「あなた、名前は?」  と言った。  どうやら名前を聞いているようで、ボディーランゲージを使って意思を伝えてい る。 『私の名前は、エカチェリーナです』  相手の言語が分からないので、自身の言葉で答える。  言葉の中から、明らかに名前だと分かる部分を理解したようだ。 「エカチェリーナね。あなたの名前は、エカチェリーナ」  頷いて応えるエカチェリーナ。  ともかく意思疎通するには、言語を理解しなければならいし、基本の単語と文法 を覚えなければならい。  身近に触れられる対象物を、お互いの言語で語り合うことから始めた。  目が見えるクリスティンが親切丁寧に、対象物に触れさせてから、 「これはベッドで、ここに眠るのよね」  などと、名称と使い方を伝える。 「チーズケーキよ。美味しいから食べてみて」  食べ物も、味覚などの情報を交えてゆく。    会話の中から、エカチェリーナが使用する言語の文法を解析していくクリスティ ンだった。  やがて日常会話程度なら、理解できるようになっていた。 「ねえ、エカチェリーナ」  呼びかけた時、 「わたしのこと、カチェーシャと呼んでくださっていいです」  と呼び名を変えてほしいと言った。  カチェーシャとはエカチェリーナという名前の愛称である。  親しい間柄ではカーチャと呼び習わし、さらに親しくなるとカチェーシャとなる。 「愛称で呼んでいいの?」 「はい。クリスティンなら平気です」 「分かったわ、カチェーシャ」  それなりに親しくなった二人は、会話を通してそれぞれの言葉を話せるようにな っていった。  特に言語学者のクリスティンは、カチェーシャとの会話から文法なども理解でき ていた。  言葉が分かれば、相手の事を知りたくなるものだ。  カチェーシャの属する国家と、もう一つの国家について質問するクリスティン。 「わたしの祖国は、この銀河の反対側の端にあります。惑星都市サンクト・ピーテ ルブールフが首都です」 「銀河の反対側なの? 随分と遠くまでやってきたのね」 「私たちの国は、開拓移民のため首都を旅立って五千年もの年月を掛けて、銀河を ぐるりと一万五千光年を回ってきたのです」 「開拓移民ですか?」 「既にご存じかと思いますが、もう一つの国家との開拓競争と領地争いを戦ってき ました」 「そうだと思いました。あなたの国と戦争している国があるのですね」 「はい。クリスティンの国は、もしかしたら隣にある銀河にあるのではないですか?」 「その通りです」 「なるほど、銀河間を渡る科学技術を持っているのですね。あなたの国の事、詳し くお話頂けないかしら」 「そのお話は、司令官直々にお伺いしましょうか」  二人の間で会話をしても、司令官にも内容報告する必要がある。ならば直接司令 官と話した方が良いだろう。 「分かりました。司令官さまに合わせて頂きますか」 「いいわ。合わせてあげましょう」  数時間後、トゥイガー少佐とエカチェリーナの面談が設定された。
   
↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v
小説・詩ランキング 11