第四章
Ⅲ 空襲警報  ネルソン提督邸。  宇宙艦隊勤務で不在がちな提督の代わりに、息子夫婦が住んでいる。  久しぶりの休暇で屋敷に戻った提督だったが……。 「あなた」  妻のメリンダが夫のデリックに耳打ちする。 「なんだ」 「お父様、いつまでここにいらっしゃるのかしら?」 「ん? どういう意味だ?」 「だから……せっかく親子三人水入らずの生活を送っていたのに……」 「すると何かい? お父さんは、邪魔者ってわけかい?」 「そうじゃないわ」 「おまえは、どうしてお父さんを毛嫌いすんだ。軍人だからか?」 「そうじゃないのよ」 「とにかくだ。お父さんが、我々と一緒に居たいという限り、俺はそうするつも りだし、我々がこうして平和に過ごせるのも、お父さんたちが戦ってくれている からこそなのだ。おまえが軍人嫌いなのはわかるが、俺にとっては唯一の肉親な のだ」 「あなた……」  彼女にとって、自分の家のように過ごしてきたので、義父の邸宅であったとし ても、もはや邪魔者でしかなかったのだ。  邸主元気で留守が良い。  といったところである。  寝室では、パジャマにガウンを羽織ったネルソン提督が、窓辺に立ってガラス 越しに星を眺めていた。  同じ頃、宿舎で軍服姿のまま星を眺めているアンドレ・オークウッドもいた。  翌日。  参謀本部の広い作戦室。  中央正面にパネルスクリーンがあり、銀河系オリオン腕におけるトラピスト星 系連合王国と隣国バーナード星系連邦の占領区分が表示されていた。  今発言台に立っているのは、アンドレ・オークウッド少佐であった。 「太陽系連合王国の前衛艦隊であるバーナード星系連邦軍は、トラピスト星系連 合王国絶対防衛圏内の外側二百光秒の所に進駐しており、空母エンタープライズ を旗艦とする主力艦隊もオルファガ宙域より後を追って進軍中であります」 「バーナード星系連邦の前衛艦隊は、我がトラピスト星系連合王国の外側二百光 秒に位置するバンゲル星区に進駐しており、その遊撃艦隊は絶対防衛圏内にまで 入り込んで各地に攻撃を加えております」 「敵の主力艦隊の位置と戦力は?」 「主力艦隊である地球軍第七艦隊は、オルファガ戦域を出発したばかりです。戦 力は空母エンタープライズを主力艦として、戦艦五隻、駆逐艦九隻、巡洋艦三十 二隻。前衛艦隊との接触推定日時は十二日後です」 「十二日後か……。ご苦労だった、席に戻り給え」  アンドレ、敬礼して席に戻る。  ここで参謀長が立ち上がった。 「さて……。戦況はオークウッド少佐の報告通り、決戦の日まで我々に与えられ た猶予は十二日間というわけだ。敵の主力艦隊を我々の絶対防衛圏内に入れては ならないのは明白であり、それを許すのは我がトラピスト星系連合王国が滅ぶ時 なのだ。こういている間にも敵は着々と進行している。一日一秒として無駄には できないのだ」  ここで一息ついて水を飲んでから、 「ところで諸君らも承知の通り、技術部の方で準備を進めていた最新鋭戦艦が完 成した。技術部長たのむ」  参謀長は座り、指名された技術部長が立ち上がった。 「この戦艦の概要を簡単に説明します。火力は三連装主砲が艦首側に二門、艦尾 に一門を配置。三連装副砲二門。そして主力の艦首プロトン砲を搭載しています が、従来のものより射程距離を二倍に伸ばし、エネルギー充填時間も半分に短縮 することに成功しました。両舷に艦載機発着口があり、二十機の艦載機が発着で きます。これにより総合火力は遥かに強化されたものと思われます。艦名ですが、 『ヴィクトリア』です。これは女王様の希望により命名されたものです。以上で す」 「ご苦労だった」  技術部長、敬礼して席に戻った。 「さて、この最新鋭戦艦『ヴィクトリア』だが、決戦に際して再編成される艦隊 の旗艦として配属されることに決まった。その艦長だが……オークウッド少佐!」 「はいっ!」  起立するアンドレ。 「君を任命する。この時点より、君を中佐に昇進させる。頼むぞ、オークウッド 中佐」  アラン姿勢を正して最敬礼する。 「はっ。アンドレ・オークウッド『ヴィクトリア』の艦長の任を拝命します!」 「うむ。次に艦隊総司令長官にはネルソン少将に任に就いてもらう。ネルソン君 いいかね?」 「結構です。やりましょう」  公園のベンチに腰かけて考え込んでいるアンドレ。  そこへ頬を紅潮させてエミリアが掛けてくる。  アンドレ立ち上がる。 「アンドレ!」 「エミリア……」 「遅れてごめんなさい。待った?」 「いや……呼び出して悪かったな」 「ううん。嬉しいわ」 「エミリア……」  二人抱擁し合う。 「そうだわ……」  バックから包みを取り出し、アンドレに差し出す。 「はい、これ」 「何だい?」 「中佐に昇進したお祝いと、ヴィクトリアの艦長就任のお祝いよ」 「どうしてそれを?」 「ドルトンから教わったのよ。彼もあなたの後任として、オリオンの艦長になっ たのね。やっと少佐になれたって喜んでいたわ」 「しようがないなあドルトンの奴。まったくお喋りなんだから」 「そんな事ないわ、いい人よ。それより突然こんな所に呼び出したのはなぜ?」 「う、うん。実は……」  その時、眩しい閃光と共に大きな物体が空を横切った。 「あれは!」  見上げる二人。 「どうしたの?」 「あれは、ゴーランド艦隊の強襲突撃艦だ!」 「ええ?」 「ちきしょう。絶対防衛圏を突破されるなんて!」 「アンドレ!」  空襲警報が鳴り響く街を攻撃する戦闘機。  逃げ回る市民。  車で逃げる人々。  交通事故があちらこちらで発生し、火災でパニック状態の街。  宇宙軍港。  戦闘機がスクランブルで次々と発進してゆく。  そうはさせじと飛来した艦載機群が攻撃を加えてゆく。 「早くしろ! 何をグズグズしている!」  地上管制員がパイロットにはっぱを掛けて搭乗を促している。 「そんなこと言われても」 「つべこべ言うな!」 「下がって、発進します」  急速発進する戦闘機。  ネルソン邸でもひと騒ぎが起きていた。  玄関の扉を勢いよく開けて子供が駆け込んでくる。 「ママ! ママ、大変だよ!」 「どうしたのレオン」 「飛行機がいっぱい飛んでるよ。街が真っ赤に燃えてるよ」 「え?」  慌てて外に出てみるメリンダ。  心配そうに戦火に燃える街を見つめる親子。  街の方からエアカーがやってくる。 「あ! パパだ!」  エアカーが止まり、デリックが降りてくる。  メリンダ駆け寄る。 「あなた……」 「大丈夫だ。ここまでは敵もやって来ない」 「あなた、これから一体どうなるの? トラピストは滅ぶの?」 「心配するな。お父さんたちが何とかしてくれるさ」 「お父様が……」 「そうだよね。お爺ちゃんが、敵を追っ払ってくれるよね、パパ!」 「ああ、そうだとも」  三人、燃える街を黙って見つめている。  軍人嫌いのメリンダも、少しは……。  と考えるデリックだった。  公園。  エミリア、恐怖に慄(おのの)き、アンドレに抱き着いて震えている。  そこへ、一機の戦闘機が襲い掛かってくる。 「危ない!」  エミリアを庇うように地に伏せるアンドレ。  次の瞬間、戦闘機が爆発炎上して、コースを変えて木に激突する。  後を追ってきていた味方の戦闘機が撃墜してくれたのである。  戦闘機旋回して再びアンドレの前を通り過ぎる。  乗員、アンドレに敬礼をしていた。 「トルーガ曹長!」  通り過ぎる戦闘機。  二人の元にエアカーが数台やって来て止まる。 「オークウッド中佐! 探しましたよ」 「おお」 「速やかに艦に搭乗するようにとの命令です」 「分かった!」 「アンドレ……」 「心配することはない。君、この女性を避難所へ連れて行ってくれ」 「かしこまりました」  アンドレ、迎えのエアカーに乗り込む。 「アンドレ……」 「大丈夫だ」  エアカー、発進する。  見送るエミリア。  もう一台のエアカーの運転手が促す。 「さあ、お乗りください。ここは危険です」 「は、はい」  ゆっくりと乗り込むエミリア。
     
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