第二十三章 新提督誕生
U  食堂に入ってくるアレックス達。 「何だ、これは?」  食堂内で起こっている騒動に目を丸くしている。 「喧嘩ですね」  中央部で幾人かの隊員がくんずほずれつの喧嘩を続け、周りの者がはやし立ててい た。 「みんな元気だな」 「何言ってんですか、提督! 喧嘩を止めないのですか?」 「いいじゃないか、やらせておけよ。途中で止めたほうが後々しこりが残るものさ。 さあ、こっちは食事をしようじゃないか」  と言いながら、喧嘩には見向きもせずに、背を向けて配膳台の方へと歩いていく。 「今日も料理長お勧め料理ですか?」 「ああ、時間がないのでね」  いつもはメニューを見ながらゆったりと食事をするのだが、タルシエン要塞のこと で目が回るほどの忙しさだったのである。造り置きされてあるお勧め料理なら、待た されることなくすぐに食べられる。  騒動の中にあってアレックスに気が付いた者がいた。  会議に遅刻して便所掃除を言いつけられた、あのアンドリュー・レイモンド曹長だ った。 「全員、気をつけ!」  食堂の隅々に届くような、大声を張り上げる曹長。  喧嘩していた者達も、思わず静止して声のした方に振り向いている。 「て、提督?」  全員がアレックスの姿に気が付いて動きを止め、一斉に敬礼を施した。 「何だ……。止めたのか」  しようがない……といった表情で、膳をテーブルに置き、席に着くアレックス。  レイモンド曹長が、アレックスの前にやってくる。 「提督」 「喧嘩していた者を、前に並ばせろ」 「はっ!」  敬礼して、喧嘩していた者達のそばに駆け寄る曹長。  その間に別の隊員が、アレックスの前にあるテーブルをどかせていた。 「おまえら、提督の前に整列しろ」  立ち上がってアレックスの前に整列する隊員。  怪我して立てない者には肩を貸して立たせている。 「悪いな、忙しい身でね。食事を取りながらにさせてもらうよ」 「お食事を取りながらでも結構です。どうぞ、ご質問を」  誰しもがアレックスの超常的な忙しさを理解していた。  じきに戦闘だという時に、「昼寝する」と言って部屋に戻ったこともある。食べら れる時に食べ、眠れるときに眠る。そんなアレックスを、誰も責めることも邪魔をす ることもしなかった。 「うん……おお、これ旨いな」 「提督!」  皆が緊張して、アレックスの言葉に耳を傾けている。この場を和ませる、冗談とも とれる発言は通じないようだった。 「外したか……。ジェシカ、頼む」 「なんで、わたしが?」 「君が一番の適任者だからな。こういうのは得意だろ」 「もう……」  ぶつぶつ言いながらも整列している乗員の前に歩み出るジェシカ。 「それで、喧嘩の原因は何ですか?」 「はっ! 第十七艦隊の次期司令官は誰かと言うことでした」 「なるほど……。つまり、チェスター大佐かオニール大佐かということですね」 「その通りです」 「で、殴り合いの喧嘩になったってわけですか」 「はい」 「次期司令官を決めるのは提督です。将兵達の全員に公平に昇進の機会を与え、士気 の低下とならないように心砕いています。それをないがしろにして勝手な判断をし、 士気の混乱を招く喧嘩をするというのは、提督に対する冒涜以外の何ものでもないと 思いますが、違いますか?」  言葉に詰まる将兵達。  一言一言がその胸をえぐった。 「喧嘩をするほど力が有り余っているのなら、その情熱をもっと前向きな力となるよ うに努力し、艦隊の糧となるようにしないのですか?」  そして周囲を見回しながら、 「喧嘩を眺めていた他の人たちも同罪です。なぜ止めなかったのですか? あまつさ え喧嘩をあおるような言動をするなどは、同じ艦隊に所属する者として情けない限り です。提督を慕い、提督の下に集った仲間じゃなかったのですか? 何度も死にそう になった局面を共に戦い、切り抜けてきた同じ第十七艦隊の同士じゃなかったのです か? 一人一人が提督の言葉を信じ、共に生きるために心を一つに結束しなければ、 素晴らしい明日はやってこないのです」  静まり返っていた。  誰しもが、その言葉に意味する熱い思いを理解していた。 「その辺でいいだろう。ありがとう、ジェシカ」  食事を終えて立ち上がるアレックス。 「レイモンド曹長」 「はいっ!」 「後のことは、君に任せる」 「私がですか?」 「そうだ。騒動を起こした者には罰を与えねばならない。君の思うとおりに処罰した まえ。便所掃除でも何でもいいぞ」  くすくすという笑い声が聞こえた。 「提督……」  赤くなるレイモンド。 「その前に、医務室で治療を受けさせたまえ。以上だ、全員解散しろ」  そう言うなり、膳を持ち上げて回収台の方へ歩いていく。 「総員、提督に対し敬礼!」  一斉の敬礼を受けながら、食堂を退室していくアレックス。 「おらおら、聞いたとおりだ。さっさと医務室へ行きやがれ」  喧嘩をしていた者の尻を引っ叩くようにして、移動を促すレイモンド。  食堂を出て通路を歩くアレックス達。 「君達、食事はいいのかね?」 「血を流していた者もいましたからね。食欲が湧きませんし、あの状態で食事はでき ませんよ」 「そうか……自分だけ食事して、済まなかったね」 「いえ」 「何にしても早急に、次期艦隊司令官を選定しないと、他の艦でも同様の事態が起き るのは、避けられないだろうな」 「そうかも知れませんね」 「難しい問題だよ。これは……」 「提督……」  アレックスが今なお、次期艦隊司令官の選出に苦慮していることを知っているパト リシアとジェシカだった。  アレックスが抱えている最大の問題。隊員同士が喧嘩をするほどの次期艦隊司令官 選出は、早急に解決しなければならなかった。
     
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