第十八章 監察官
V 「今日の作戦会議はこれまで。解散する」  一同が立ち上がってぞろぞろと退室をはじめる。  その時だった。 「お待ちください!」  旗艦サラマンダーに同乗している、統合本部より派遣されてきている監察官が異議 を唱えた。 「シャイニング基地を放棄などもっての外です。監察官として指令の撤回を進言しま す」  共和国同盟軍の正規の艦隊には、統合本部直属の監察官を同乗させなければならな いという規則があった。提督が命令を遂行しているか、独断専行や反乱といった同盟 に不利益な行動を犯していないかなどを監視のために派遣されているのであった。 「それでは、監察官殿には何か妙案でもあると言うのですか?」 「あるわけないだろう。私は作戦参謀ではない! 統合本部よりの命令が正しく実行 されているかを監視するために派遣されているのだ」 「で、統合本部よりの命令とはどういうものかをお伺いしたい」 「何をふざけたことを言っているのだ!」 「確認のためです。第十七艦隊に与えられた命令とは?」 「無論。シャイニング基地の死守することだろう」 「それでは死守すればよろしいのでしょう? そのための一時的な撤退です」 「だめだ、だめだ! 例え一時的にもシャイニング基地を放棄することは認めない ぞ」 「あなたは第十七艦隊だけで敵の三個艦隊を撃滅できるとお考えですか?」 「私にとっては、そんなことはどうでも良い。命令を遵守させること、それが私に与 えられた任務だ。それ以外には考えることなど必要ない!」 「つまり敵の三個艦隊と正々堂々と戦い、討ち死にしろと仰るのですか?」 「死守できないならそうなるというだけだ」 「つまりあなたも監察官として同乗し、華々しく散るというわけですな」 「仕方あるまい。最後まで提督を観察する。それが私の任務だ」 「涙ですね。あなたにとっては、殉職することが名誉ですか?」 「そうだ。軍人として生きる者として命令を遵守することが最上の誇りだ。そして命 令を守らせることもな」 「私には詭弁としか思えませんね。無駄死にほど馬鹿馬鹿しい行為はないと思ってい ます。あなた自身はそれで満足でしょう。しかしその命令に就き従い死んで行く将兵 達のことを考えたことがありますか? 彼らには家族があるし恋人もいる。その人々 の悲しみを考えたことがありますか?」 「殉職すれば名誉の戦死として特進が与えられるし、家族には遺族恩給が出る」 「死んで昇進して浮かばれると思いますか? 家族には恩給よりも生きて無事に帰っ てきてくれることのほうがどんなに嬉しいか知らないのですか?」 「話にならないな。君は軍人としての気質に欠けているようだ」 「死ねと言われて喜んで死出の旅に立つのが軍人気質ですか。そんなの糞食らえで す」 「提督、お下品ですよ」  じっと提督と監察官との言い合いに耳を傾けていた一同であるが、さすがに言葉が 乱暴になってきたアレックスをレイチェルが諌める。 「ああ、悪いな。つい興奮してしまったよ」 「ふんっ! 一日の猶予を与える。それまでに撤退命令を撤回するんだ。いいな」 「一日あれば敵艦隊はすぐそこまで迫ってきますよ。そんな余裕はありません」 「とにかく一日間だ!」  そういうとすたすたと艦橋を立ち去って行った。  早速一同がアレックスの元に駆け寄ってくる。 「何なんですか、あいつは? そんなにわたし達を殺したいのですか?」 「自己陶酔の境地ですよね。あれは、何言っても無駄ですよ」 「それでどうなさるおつもりですか?」 「聞くまでもないだろう。監察官が何と言おうとも撤退する。それだけだ」 「監察官は統合本部に連絡しますよ。提督は命令違反を犯したとのことで軍法会議必 至です」 「それは当然のことだ。しかし部下達の命には代えられない。私一人が罰せられれば 済むことだ」 「しかし、提督……」 「これは命令だ。それとも君達も司令に対して命令違反を犯すつもりか?」 「いえ。そんなことはありませんが」 「なら、答えは一つだろう」 「ですが……」 「作戦会議を解散する。ご苦労だった」  そういい残してアレックスは会議室を退室していった。  一同はアレックスの考えに感嘆しながらも、その行く末を心配していた。 「このままだと、例え作戦が成功してシャイニング基地を防衛しても、提督は確実に 軍法会議だよ」 「一旦撤退した後で、再び奪還してみせると言っているのに、どこがいけないのよ」 「そうだよ。結果よければすべて良しじゃないのか?」 「ニールセンの野郎の陰謀だよ。あいつにとって結果じゃなくて、提督が命令に逆ら うことが狙いなんだよ。これ幸いと軍法会議に掛け、提督を抹殺しようとしているん だ」 「間違いないわね」 「第十七艦隊を救うために、一人軍法会議になる覚悟をしている提督だというのに、 俺達には何もできない」 「一体どうすりゃいいんだよ。敵艦隊はすぐそこまで迫っているというのに……」  頭を抱えていくら考えても答えを見出せない一同であった。
     
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