第十六章 新艦長誕生
I  パトリシアは、第十一攻撃空母部隊と共に基地に無事に戻り、その足でアレックス のところに出頭して報告した。 「パトリシア、報告を聞こうか」 「はい。すでにタシミールの捕虜収容所は閉鎖されており、収監されていた捕虜もい ずこかに移送されたものと思われます。おそらくは、最寄りのカラカス基地を奪取さ れて、防衛は困難とみて撤退したのでしょう。残念ながら捕虜救出作戦は、無駄に終 わりました」 「そうか……」 「くしくも別働隊と思われる敵部隊の接近を察知し、これと戦闘状態に突入しました。 幸いにも敵よりも早くその動静をキャッチできたために、先制攻撃に成功。味方の損 害を最小限に食い止めることができました」 「うむ。ご苦労さまでした。正式な報告書をまとめて提出したまえ。今日のところは 下がってよし」 「はい。失礼させていただきます」  敬礼して退室するパトリシア。  数日後アレックスは、配下の佐官クラスを集めてパトリシアの佐官昇進について協 議を諮った。  提出されたパトリシアの航海日誌とカインズの指導調査書とをもとに、佐官昇進の 是非が検討される。 「カインズ中佐はどう思いますか。一緒に同行して得た感じは」 「はい。当初の作戦目的である捕虜救出は空振りに終わりましたが、索敵や揚陸作戦 の指令には何らミスは見られず、敵艦隊との戦闘にも適時適確な指示を下して一応の 及第点というところでしょうか。くしくも奇襲される状態にあったにも関わらず、万 全の体制でこれを回避し、逆に先手を取って攻撃を開始した手腕は見事です」 「なるほど」 「索敵・揚陸・哨戒・敵艦隊との戦闘・地上捜索そして撤収と、それぞれの作戦及び 指揮統制を採点すれば、カインズ中佐の採点通りすべて及第点を取っていますね」  ゴードンが賞賛の言葉を述べた。 「捕虜救出作戦のことだけに留まらず、慎重に敵艦隊を捜索し続けた行為は見習うべ きものがあります」 「ニールセンが一枚噛んでいることで、情報が意図的に敵艦隊に漏洩された可能性を 十分に考慮した結果でしょうね。慎重すぎて悪いということはないでしょう。結果と して敵艦隊の奇襲を回避できた」  一通り各佐官達の意見討論が済んだところで、アレックスは決議を持ち出した。 「それでは、そろそろ結論を出すことにしよう。ウィンザー大尉の佐官昇進に反対の 者は?」  誰も意義申し立てするものはいなかった。 「反対者がいないようなので、パトリシア・ウィンザー大尉の佐官昇進を、艦隊推薦 として査問委員会に報告する」  数日後、パトリシアはアレックスに呼ばれて司令室に赴いた。  主計科主任を兼務するレイチェルの他に、先輩であるジェシカも呼ばれていた。 「早速だが、佐官昇進審議委員会における決定事項を伝える」 「はい」  パトリシアは姿勢を正して緊張して待った。 「パトリシア・ウィンザー大尉。本日付けをもって貴官を少佐として任官する」  思わず手を合わせるような格好で口を押さえて息を飲み込むパトリシア。 「ありがとうございます」 「おめでとう。パトリシア」  ジェシカが手を差し伸べて握手を促した。その手を取って握手するパトリシアだっ たが、感極まった彼女はそのままジェシカに抱きついて泣き出したのであった。 「昇進できるとは思わなかった……」  戦術理論など教え込み期待に答えた頼もしい後輩の昇進に、目頭を熱くするジェシ カ。  やがて涙を拭きなおし、大きな深呼吸をして精神を整えはじめたパトリシア。 「少しは落ち着いたかい。さあ、任官状と階級章だ。受け取りなさい」  といってパトリシアの前に差し出した。 「はい」  うやうやしくそれを押し抱くようにしてうやうやしく受け取るパトリシア。 「ジェシカの記録を塗り替えて、史上最年少の女性佐官になった気分はどうだ」 「史上最年少というのはともかく。佐官になれて、感慨ひとしおです」 「情報参謀のレイチェル、航空参謀のジェシカに続いて、いずれ何らかの参謀につい てもらうことになる。が、ともかく……これで三人目の女性佐官が誕生したわけだが、 三人協力してこれからも艦隊のために尽力してくれ」 「はい」 「レイチェル、彼女に新しい制服を支給してくれ給え」 「かしこまりました」 「パトリシア。一五○○時に、作戦室に全幕僚を招集してくれ。改めて君を紹介す る」 「は、はい」 「話しは以上だ。下がってよし」 「はい」  三人はほとんど同時に答えた。
     
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