第十章 氷解
W 「検視の結果だ。目を通しておきたまえ」  検察事務官は検視報告書を閲覧させた。 「はい」  それを受け取って目を通すコレット。 「やはり他殺と出ましたか」 「直接の死因を示す首の絞殺斑と、マシンに吊られていた状態でのロープの位置がず れている。つまり一端絞め殺された後にマシンに吊り下げられたと判断された。それ に君の発見した膝の擦り傷跡を調べた結果も、傷口とそこに残った体液から死後硬直 後についた傷であることが判明した」  人が死ねば死後硬直という状態に陥る。筋肉が緊張して間接すら曲げることができ ないほど固くなる現象である。これは筋肉の活動による分解産物である乳酸の発生と 深く関わっているともいわれている。死後硬直の度合によって死亡時刻を推定するこ とができる。  人間傷を負えば、その傷から少なからず血液や体液が浸出する。生きていればその 浸出液には血小板や免疫抗体物などが多量に含まれているが、死んだ後では極端に減 ってゆき、死後硬直後ともなればほとんど含まれなくなる。また細胞の再生という面 でも血流が止まってもある程度は細胞は生きているので、細胞内に貯えられた栄養で 再生しようとした跡が見られるが、細胞が死滅し死後硬直が始まればまったく見られ ない。 「君の方の捜査は進んでいるのかね」 「はい。容疑者を逮捕する寸前まできています」 「そうか、頑張りたまえ」 「わかりました」  一旦自室に戻って、もう一度考えをまとめる事にする。  ラジオから深夜番組が流れている。今流行の軽音楽。  ベッドに仰向けになって解剖報告書に目を通しているコレット。  絞殺による殺人。膝の傷の状態から別の場所で殺害されてジムへ運びこまれたこと が証明された。  ラジオからの音楽が跡絶えた。そしてパーソナリティーの声。 『以上、今夜はウィンディーネのスタジオからお送りしました』 「え?」  一瞬耳を疑った。 「そうか……。中継放送というものもあるんだった。他の艦のスタジオがキー局とな って、それをそのまま放送する」  中継となればせいぜい調整室員とディレクターくらいの二人だけいれば用は足りる はずだ。その時間帯なら残りの二人が悠々抜け出せるというわけだ。  端末を開いてFM局の番組表を調べてみる。  事件当時の番組は……。 「ドリアード便りか。つまり準旗艦ドリアードからの中継というわけだ」  よし、アリバイが崩せる!  早速、逮捕状を申請する。  容疑者はカテリーナ・バレンタイン少尉。  容疑はミシェール・ライカー少尉殺害。  その判断根拠を記述し、司法解剖報告書を添付して、特務捜査科逮捕訴追課に送っ た。  やがて申請が受理されて、逮捕許可証の画面に切り替わった。  それをプリントアウトすれば、逮捕状になる。 「よし! 逮捕だ」  逮捕状を握り締めて、自室を飛び出して行くコレット。 「今は当直で、スタジオにいるはずだ」  駆け足で、スタジオのある発令所ブロックへと向かう。  逮捕状の威力は絶大だ。  提示するだけで警備室をフリーパスできただけでなく、どこへでも入室できるのだ。 第一艦橋はもとより、たとえ放送中のスタジオにだって踏み込める。  そして今スタジオにいる。 「カテリーナ・バレンタイン少尉を逮捕に来た。どこにいますか?」  放送局員に逮捕状を提示しながら問い詰める。  局員は一瞬驚いた表情を見せたかと思うと、すぐに困惑した表情に変わった。 「それが……じ、実は。まだ姿を見せていないんですよ」 「なんですって?」  その時、呼び出しブザーが鳴った。 「ちょっと、お待ち下さい。第一艦橋から連絡です」  ヘッドレストホンを耳にあてて、機器を操作して連絡を取っている局員。 「は、はい。実は、こちらにいらっしゃってます。はい、代わります」  局員が、ヘッドレストホンを差し出しながら言った。 「司令官からです」 「中佐が?」  それを受け取って答える。 「コレット・サブリナです」 「すぐにアスレチックジムに向かってくれ。カテリーナ・バレンタイン少尉が首吊り 自殺した」 「なんですって!」
     
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