第十章 氷解
U  司令官室。  アレックスがデスクに陣取り、その脇にパトリシアが立っている。 「中佐はこれをご存じですか?」  コレットは、透明袋に入った首飾りを差し出した。 「あ、それは、わたしの首飾りです」  パトリシアが叫んだ。 「ウィンザー中尉の?」 「え、ええ……」  といって、ちらりとアレックスの方をみて、頷くのを確認して言葉を繋いだ。 「中佐から婚約指輪の代わりに頂いたものです」 「婚約指輪代わりですか。中佐、間違いありませんか?」 「間違いない」 「そうですね。これからは中佐とウィンザー中尉の指紋が検出されております。中佐 が婚約指輪代わりに送ったもので間違いないでしょう」 「どこで手に入れたのかね」 「二度目にミシェールの宿房を訪れた時に、机の引出から見つけました」 「最初の捜査ではなかったというわけか。つまり犯人は、一度捜査を受けた場所をも う一度捜査をしないだろうと判断して、そこに隠したのだろうな。いつまでも持って いれば見つかる可能性が高くなるし犯人だとばれてしまう」 「その通りだと思います」 「で、犯人の指紋は出なかったようだな」 「はい。そんなどじを踏むような犯人ではないことだけは確かですね」 「しかしいつの間に盗みだされたのだろうか。こいつは一般士官として大部屋の宿房 が定められていたパトリシアが、無くさないようにと個室をあてがわれている私に預 けていったものだ。金庫に保管しておいたのだがな」 「ダストシュートから侵入して盗みだしたのです」 「ダストシュート?」 「そうです。中は結構広くて、小柄な人間ならそこから上下階を行き来することが可 能です」 「なるほど……」  といいながらデスクの側に開いているダストシュートを見つめた。 「つまりは君は、犯人像を掴んでいるんだな」 「はい。かなりの線までいっていると思います」 「確証はまだないわけだ」 「司法解剖が済むまでは結論を出せませんから」 「わかった。引き続き、捜査を続けてくれたまえ」 「はい。とりあえず証拠物件としてこの首飾りはお預かりしておきます。事件が解決 次第お返しいたしますが、よろしいですね」 「かまわないだろう。パトリシアもいいな」 「はい。異存はありません」 「それでは、このままお預かりしておきます」  首飾りをバックに戻しながら、質問を続けるコレット。 「それにしてもお二人は婚約していることを秘密にしておいでのようですが、いかが なる理由でしょうか。私の調査では、本星においては同居生活をされて、事実上の夫 婦として暮らしているようですね」 「それも事件の捜査にかかわるのかい?」 「場合によってですね」 「まあ、いい。二人の関係を公表しないのは、司令官と副官が夫婦ということになれ ば、士気統制上として問題が発生する可能性があるからだ。ごく自然な処置だと思う が」 「わかりました。正式な婚姻ではなく婚約関係である以上、同盟軍厚生保健局の登録 上では夫婦であっても、国家的身分上では赤の他人。この点に関してはこれ以上の干 渉はできませんね」 「すまないね」  ここで改めてコレットはもう一つの懸案事項を切り出す事にした。 「ここからは、中佐殿と二人切りで尋問したいので、ウィンザー中尉は席をはずして いただけませんか?」 「君と二人きりでかね?」  と言いながらパトリシアの方を見やるアレックス。 「ああ……。わたしは、構いませんわ。艦橋に戻ります」  気を利かせて、パトリシアの方から遠慮して、司令室を退室していった。  コレットとアレックスの二人きりになる。 「ところで……中佐殿は、レイチェル・ウィング大尉と幼馴染みだそうですが。間違 いありませんね」 「間違いない」 「わたしの調査によりますれば、レイチェル・ウィングなる人物は女性として登録さ れており、事実女性として生活しておられるようですが、過去においてはそうでなか った形跡があります」 「形跡とは?」 「これはわたしが入手した資料のコピーですが……」  といってアレックスの前にそれを差し出した。それを目で読んで驚いた表情で答え るアレックス。 「これは、僕の幼年学校の時の作文じゃないか」 「はい。中佐殿の通っていた幼年学校の資料を探していて見つけだしました。それを プリントアウトしたものです」 「よく。探し出したな。内容なんか、すっかり忘れていた」 「その文の数箇所にわたってレイチェルという記述が見られます。立ち小便でおしっ この飛ばしっこしたとか、おちんちんが腫れるとかどうのとか。察するにレイチェル はおちんちんなるものを所有する性であったようですね。つまり幼児期においては、 レイチェルは男性だったのではないかと判断できます」 「確かに幼児期レイチェルとは同性の友達として遊んだ記憶がある。しかし、幼少の 頃の記録じゃないか、勘違いということもあるのじゃないか。本当は女の子だったけ ど、男の子と思い込んでいたということもありえるじゃないのか?」 「男性として登録され生活していた人が、思春期となり初潮が到来して実は正真正銘 の女性であったということはよくあることです。男女の性を決定する際には新生児の 外性器をもって判断することが一般的な慣例として行われています。両性具有の場合 も含めて、肥大したクリトリスをペニスと誤診してしまうのは、仕方が無いことでし ょう。仮に幼少時に男性だったとして、思春期以降に女性であることが判明して性別 を変更された場合でも、変更以前の記録はそのまま残ります」 「まあそうだろうな」
     
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