第九章 共和国と帝国
U フィッツジェラルド家
軍事的にも政治的にも、着々と改革を推し進めていくアレックスであったが、どうあが
いてもままならぬ一面があった。
経済である。
そしてそれを一手に掌握するフィッツジラルド家とどう対面するかである。
「死の商人」
と揶揄される一族だった。
一般市民達は平和であることを望む。
しかし、武器商人達は平和であっては、飯の種がなくなってしまう。
次々と最新鋭戦艦を開発生産する大造船所と、死の商人達を傘下に擁する彼らにとって
は、太平天国の世界よりも戦乱動地の世界の方が、居心地がいいはずだ。いずれ彼らの手
によって戦乱の世に導かれていくのは目にみえている。
たとえばだが……。
地球日本史において、真珠湾攻撃と呼ばれる奇襲攻撃があったが、米国は事前に察知し
ていた?という陰謀論説がある。
大日本帝国海軍の真珠湾攻撃を、アメリカ合衆国大統領のフランクリン・ルーズベルト
が、「事前察知をしながらそれをわざと放置した」という説である
戦争になれば、戦闘機を製造するロッキード・マーチン社やマクドネル・ダグラス社、
、航空母艦ではニューポート・ニューズ造船所などが潤うのだ。
短期戦では日本に一時的にも追い込まれるだろうが、長期戦に持ち込めれば経済力で日
本に逆転できるとの判断がなされた。
そういった戦争を望む商人達が、大統領を裏で手を引いていたというのだ。
ちなみに、幕末に活躍した長崎のトーマス・グラバーも武器商人として来日していた。
数ある資産家の中でも、その名前を知らぬ者はいないといわれるフィッツジラルド家は、
全銀河の経済覇権を実質上握っていた。共和国同盟内はもちろんのこと、銀河帝国との通
商貿易の九十五パーセントを独占し、連邦側とも闇貿易で通じていると噂されていた。
戦時下においては、最も利益を生み出すのが武器の輸出である。そこに暗躍するのが死
の商人と呼ばれる武器輸出業者である。金さえ出してくれれば、敵であろうと誰であろう
と一切関知しない。必要なものを必要なだけ調達して、指定の場所へ運んでやる。
そしてそれらの死の商人達を影で操っているのが、フィッツジラルド家なのである。
かつて第二次銀河大戦が勃発し、統一銀河帝国からの分離独立のために立ち上がった、
トランター地方の豪族の中でも最大財閥として、当時の独立軍に対して率先して最新鋭戦
艦の開発援助を行っていたのがフィッツジェラルド家である。
その総資産は銀河帝国皇室財産をも遥かに凌ぐとも言われており、資本主義経済帝国の
帝王と揶揄されている。
ことあるごとにランドール提督を目の敵としていた、かのチャールズ・ニールセン中将
もまた彼らの庇護下にあったのだ。
政治や軍事には直接介入しないが、実力者を懐柔して裏から支配する。
そんなフィッツジェラルド家の当主が、アレックスに面会を求めてきた。
トリスタニア共和国は解放されたものの、銀河にはまだ平和は訪れていない。
バーナード星系連邦との戦争は継続中である。
そのためにも、軍備の増強も必要であろう。
あらたなる戦艦の建造は無論のこと、被弾した艦船の修理には彼らの協力を得なければ
ならないことは明白である。
武器商人との取引も避けては通れないのである。
「アンジェロ・フィッツジェラルドです」
と名乗った相手は、恰幅のよい体系の50代半ばの男性だった。
機動戦艦ミネルバを造った造船所を所有している。
トランターが連邦軍によって陥落された後には、何の躊躇いもなく総督軍に与して、ミ
ネルバ級2番・3番艦を建造して、メビウス部隊掃討の手助けをした。
その時々の権力者に媚びへつらって、財力を蓄えて経済面から支配するということだ。
「アレックス・ランドールです」
差し障りのない挨拶を返す。
「それにしても……。さすがですなあ。総督軍との戦いぶり、じっくりと鑑賞させていた
だきましたよ」
解放軍及び帝国軍混成艦隊と総督軍との戦いは、TV放映を許可していたから、当然共
和国でも視聴できたということだ。
それから、軍事や経済に関わる話題が交わされる。
二時間が経過した。
「どうも長らくお邪魔致しました。今後ともお付き合いよろしく御願いします」
共和国の軍部最高司令官と、経済界のドンとの会談は終わった。
何が話されたかは、想像に容易いことだと思われる。