第八章・犯罪捜査官 コレット・サブリナ
V  アスレチックジムからミシェールのいた宿房までの道のりをじっくり観察しながら 慎重に歩いているコレット。  ジムを出て右へ折れたすぐのエレベーターで一つ階上の第十四ブロックに入ったと ころ。そこが、ミシェール達のいる宿房のある女性士官専用の居住区であった。  サラマンダーとて軍艦である以上、乗員は軍規に従って行動しなければならない。 が、毎日二十四時間も軍規にしばられていては息が詰まってしまい、士気の低下が心 配され統制がとれなくなってしまうことになる。そこで居住区内においては、交代勤 務明けであれば服装や化粧は自由となり、ある程度のプライベートな行動が許されて いた。  アレックスの艦隊内で特筆すべきことは、女性士官に対する配慮がよりよく成され ていることであろう。艦隊内においても、化粧の自由を認められ、あまつさえ化粧室 さえ設置されている。女性にとって、化粧はストレスを発散させる効果をもっている からだ。  またそういった女性達からの意見・要望をまとめ、改善案を上申する役目には、主 計科主任であるレイチェル・ウィングがあたっていた。女性士官が多く勤務する第一 艦橋や通信管制室の隣室に化粧室を設置するよう提案したのも彼女であった。  もちろん、こういった処遇は戦闘時や警戒体制時には適用されない、あくまで平時 航行時においてのみのことである。  女性士官専用居住区には、女性特有の病気を診察する産婦人科クリニックはもとよ り、美容院、喫茶室、オーダーメードのブティックもある。その中でも女性士官達の 人気の的は、多種多様な品揃えを誇るランジェリーショップである。ごく普通のブラ ジャーやショーツはもちろんの事、G−ストリングスと呼ばれる生地の極端に少ない ショーツをはじめ、ベビードールなどの世の男心をくすぐる魅惑的なランジェリーも 豊富に揃っていた。  こうした女性士官に対して充実した福利厚生施設を有している部隊は、アレックス の独立遊撃部隊を除いては、同盟艦隊のどこを探しても見当たらない。  有能なる戦士である彼女達とて、戦いが終われば一人の女性に戻る。上着は軍服と いうものがあり、全員同じものを常時着用が義務づけられているからいいとしても、 その下に着るランジェリーは、毎日履き替えて清潔なものを身に付けていなければ気 がすまない。軍から配給されるショーツは、機能性重視だがデザインは貧弱で画一的、 とても乙女心を満足させるものではなかった。  アレックスの部隊、特に旗艦サラマンダーにおいては、全将兵に対しての女性士官 の割合が四割を越えており、彼女達の不満を無視できないと判断した、主計科主任を 兼ねるレイチェル・ウィングが、アレックスに許可を得て居住区の一角にランジェ リーショップを開店したのである。主計科配下の衣糧課の職員を動員して、デザイン はもちろんのこと、生地の裁断から縫製まで一切、すべて女性隊員達の手によって自 由製作されている。それ専用に工作艦が一隻確保されている。  そのランジェリー・ショップに入るコレット。買い物ではない。 「これはコレットさん。今日は買い物ですか、それとも……」  ここを訪れるものは皆非番であるから、店員は親しみを込めてファーストネームで 呼んでいる。  彼女は、平時は主計科衣糧課の職員だが、戦闘になれば医務科衛生班の看護助手と なる。 「アスレチックジムの事件の捜査中です」 「ああ、聞きましたよ。ミシェールさんが亡くなられたそうですね。可哀想なことを しました。それで、その捜査ですか」 「お聞きしたいのは、事件があった昼食を挟んだ前後二時間くらいに、この店の前を ミシェール本人か、不審な人物が通るのを目撃したかどうかを知りたいのです」 「お昼時は込み合うので、店の前を通る人物までは見ていられないのですが……。ミ シェールさんの姿は見ていませんし、不審な人物が通ればお客が騒ぐでしょうけど、 それはありませんでしたね。 「そうですか……」 「それはそうと、とても可愛らしい、ブラ&ショーツが入荷したんですけど、見てい きませんか? きっとコレットさんも気に入ると思いますよ」 「捜査中ですから……。また、後で来ます」  店員が薦めるくらいだから、間違いなく自分の好みに合っているのだろう。  コレットとて、ランジェリーには人一倍気を使う女性士官だ。店員の親切な申し出 を、気にせずにはおれない。  公務中でなければ……。  ちょっぴり自分の職務を恨んだ。
     
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