陰陽退魔士・逢坂蘭子/闇にうごめくもの(2)

 数日が過ぎた。  連続通り魔殺人の容疑者は未だ確保されていない。  モンタージュを持って聞き込みをすれば、数日中に容疑者確保につながると思われたが、一向に情報が寄せられなかった。  捜査一課所属の強行犯捜査係の警部達を集めて、捜査会議が再び開かれた。 「これだけの形相をしている人物、昼間に出歩いていればすぐに通報されそうなものですがね」 「暗くなってから行動しているとか?」 「容疑者だって食べていかなければならないだろう。深夜営業のコンビニ・スーパーにも手配書が回っている」 「自家農業だけで暮らしているとか?」 「夜間に農業するのか? あり得ない」  一人の警部が革新的な意見を発表した。 「映画の特殊メークでよく使われるマスクを被っているのじゃないですか」 「マスク?」 「あの敏捷的な動き、とても老婆とは思えません。マスクの下は意外と美人だったりするのではないですかね」 「いや逆に醜い顔をしているのかも知れないぞ。己の顔に悲観して美女を襲っているとも考えられる」 「かも知れないな……」 「マスクを被っているとしたら、容疑者特定にこのモンタージュは使えませんね」 「犯行中はマスクを被っているんだ。使えないということもないだろう」 「でも、マスクを変えられたらどうしようもないですよ」 「ともかく不審人物の洗い出しだ。聞き込みでおかしな行動をとっている人物がいないか情報を集めることだ」 「不審人物の家宅捜査などでマスクが発見されれば、重要な証拠物件にはなる」 「ところで、女子高生は意識を取り戻しているのだろう?」 「はい、手術の二日後には麻酔が解けて目覚めました」 「調書は取れているのかね?」 「いいえ、医師の許可が降りてないのです」 「患者には精神的ショックもあるだろうから、医師が面会を許可しないのは当然だろう」 「そうですね」 「よし。私が主治医に交渉してみよう。容疑者のことを知っている可能性もあるからな」  数日後。
 井上が病室を訪れると意外な人物が見舞いに来ていた。
 クラスメートと思しき女子高生に混じって、逢坂蘭子の姿があったのだ。
「あら、井上課長さん」
「蘭子君のクラスメートだったのか?」
「ええ。これから調書取りですか?」
「まあ、そういうことだ」
「それじゃあ、私達がいたら邪魔ですね。みなさん、今日はこれで退散しましょう」
 蘭子に促されて、病室を出て行くクラスメート達。
「お大事にね。信子」
「ありがとう」
 病室を出て行こうとする蘭子を留める井上。
「ああ悪いけど、蘭子君は残ってくれないか」
「私一人……?いいですけど」
「済まないね。立会いということでお願いする」

 クラスメート達が立ち去って静まり返った病室。
 井上の調書取りがはじまった。
「名前は船橋信子、阿倍野女子高等学校一年三組で間違いないね」
「はい、そうです」
「ではあの夜、君はあんな夜更けにどうして出歩いていたのかね」
「それが自分でも判らないんです」
「判らない? どういう意味かね」
「はい。クラブ活動を終えて自宅に帰ったところまでは覚えているのですが……。その後のことがまるで記憶にないんです。気が付いたらこの病室の中でした」
「記憶を喪失したということかね」
「そうです」
 これじゃ調書にならないなと困り顔の井上。
「信子の自宅を調べてみましょうか? 記憶を失った手がかりが残っているかも知れませんから」
 蘭子が申し出た。
「そうしてくれるとありがたい」
「信子かまわないわよね」
「いいわよ。蘭子にまかせるわ。私も理由が知りたいし」

 というわけで、早速井上の覆面パトカーに同乗して信子の自宅へと向かう蘭子達。
 覆面パトカーから降りた蘭子の目には、信子の自宅からは何らの妖気も感じられなかった。
 被疑者ではないので、刑事が立ち入るわけにはいかない。
 刑事達をパトカーに残して、単身信子の家を訪問する蘭子。
 家族に挨拶して、信子の部屋に入った。
「ふうん……。やはり何も感じないわね。信子の記憶が喪失した何かがあると思ったのだけど」
 それでも、この部屋に似つかわしくない物があるかと、一通り探ってみたが何も出てはこなかった。
 これ以上は何もでてこないだろうと、信子の自宅を出て刑事達に報告する蘭子。
「世話かけたね。何もなかったのか……」
「ところで、私にも事件の詳細を伺わせてくださいませんか。何か協力できることがあるかも知れませんから」
 蘭子が捜査協力に名乗り出た。
「それはありがたい。是非とも協力してもらいたい。車の中で説明しよう」