陰陽退魔士・逢坂蘭子/第五章 夢想う木刀
其の肆  数日後。  校内放送で校長室に呼ばれた蘭子。  そこには柿崎美代子が先に来ていた。  何かいやな予感がする蘭子だった。 「逢坂君。呪われた鏡の一件以来だね。あの鏡はどうしました?」 「魔人は退治しましたので、普通の鏡に戻ってしまいましたが、念のために封印して書庫 蔵にしまってあります。顛末はご報告したはずですが……」 「あ、いや。確認しただけだ。とにかくご苦労だったね」  魔鏡のことはともかく、問題はそばにいる柿崎が気になっていた。  校長は話題を変えて、核心に入ってきた。 「さてと……。君をここへ呼んだのは、クラブ活動についてだ」  そらきたと思う蘭子。  柿崎を見たときから、校長が何を言ってくるかが判っていた。  学校からの要請という形で、剣道部員としてインターハイに出場してくれと、申し出て くるに違いない。  柿崎先輩が手を回したようである。 「逢坂君は、中学生の時は剣道で、府大会の上位成績を常に維持して活躍していたそうだ ね。それが高校生になって弓道部に転向した。しかしせっかくの腕前、もったいないとは 思いませんか」 「クラブ活動を何にしようと、個人の自由です。束縛されるいわれはないと思いますが」 「確かにその通りだ。その通りなのだが……。学校側としても、君がインターハイに出場 して活躍してくれるのを期待しているのだよ」 「学校の名声が上がって、入学志望が増えますか?」 「ううむ……。正直言って否定はしない。聞けば弓道部の方では、一年生ということで今 大会には選手登録しないという。その点剣道では君には実績があるから、それを評価して 団体戦と個人戦に選手登録するという」 「その話は、柿崎先輩にはお断りしておいたはずです」 「君の将来のためにもなることだと思う。進学の際にも有利に働くとは思うのだが」 「よけいなお世話ではないでしょうか。将来のことは自分で決めます」 「ううむ……」  蘭子の頑固さに言葉を失う校長。  一方の柿崎は、学校側に要請した観点から口出ししない方がいいだろうと、黙って成り 行きを見守っているだけであった。 「とにかく、お断りします。失礼します」  と言い残して、蘭子は校長室を退室してしまう。  ほとんど同時に深いため息をもらす柿崎と校長。 「申し訳ありませんでした校長先生」 「いや、いいんだよ。逢坂君が、インターハイに出場することは、とても良いことだと思 うからね」 「恐れ入ります」 「まだ時間はある。時間をかけて説得することだ。今大会には間に合わなくてもね」 「はい。そうします」  校長にお礼を言って、校長室を後にする柿崎。  今日は部活は休みなので、そのまま帰宅することにする。  校門前に意外な人物が待ち受けていた。  住吉高校剣道部の金子である。例の辻斬りの最初の被害者である。  片手に大きな袋を携えていた。 「傷の方は、もう大丈夫なのか?」 「ああ、大したことはなかったからな。ピンピンしているよ。それよりこれから一緒に付 き合え」 「それは構わないが……」 「ほれ、これは一応返しておくよ」  と、ポンと放り出すように携えていた袋を渡した。  開けてみると、剣道の防具の面だった。 「こ、これは?」 「どうした? 盗まれでもしたと思っていたか?」 「なぜ、おまえが持っている」 「ああ、ここでいいだろう。中に入ろう」  喫茶店があった。  話はそこでという風に構わず入ってゆく金子。  訳が判らずも従ってゆく柿崎。  渡された面は、確かに自分のものだ。ある日のこと、防具袋から消えていた。こんな物 盗む奴がいるのかと不思議に思っていたところだった。  喫茶店のテーブルに対面するように腰掛け、オーダーしにきたウェイトレスに注文を入 れると、金子が単刀直入に尋ねてきた。 「私が辻斬りにあっていたその時間。おまえ、どこで何をしていた?」 「辻斬りの時か」 「ああ、三日前の午後七時頃だ」  鋭い眼光で睨みつける金子。 「どうしてそんな事を聞く?」 「どうしても何も、その面は辻斬り野郎が顔を隠すために被っていた物だよ」 「辻斬りがこれを?」  金子の言わんとしていることが判ってきた柿崎。  自分を辻斬りの犯人だと金子は疑っているのである。  しかし辻斬りなどやった覚えはないし、もちろんその後にも続いている事件も同様だっ た。 「どうした、アリバイを言ってみろ」  詰め寄られて、三日前のことを思い出そうとする。  だが記憶が曖昧で、確証たるものが思い起こせなかった。 「答えられないだろう。辻斬りはおまえの仕業だ」 「そんなことはない!」 「ならばその面のことは、なんと釈明するつもりだ」  証拠を突きつけられては、反論などできない。  実際のところ、ここ最近記憶が曖昧で、朝になって脱力感に襲われることが多かった。 まるで前日に試合でもやって精神疲れ果てたみたいな。 「おまえには姉がいたな」 「ああ、試合中の事故が原因で亡くなったが……」 「おまえ、その姉の亡霊に魅入られていないか?」 「どういうことだ?」 「あの時、私を襲った奴の身のこなし方は、日頃のおまえのものじゃない。構え方、足の 運び、打突に入る瞬間の姿勢まで、おまえの姉の動きそのものだった。練習試合や大会で 何度も対戦しているから判るんだ」  自分が姉の亡霊に魅入られている……。  突きつけられた真実を受け入れられない気分だった。 「まあ、そんなところだ。真犯人が亡霊じゃ、おまを糾弾してもはじまらないだろう。お まえ自身が知らないことだ。忘れてやるよ」  注文した品物が運ばれてきて、黙ったまま食べ終わる二人。  と、席を立ち上がる金子。 「ここの払いは、おまえもちだ。いいな」 「あ、ああ……」  喫茶店に一人残され、思案に暮れる柿崎だった。
     
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