梓の非日常/第二部 第三章・スパイ潜入(四)梓VS葵
2021.05.16

続 梓の非日常/第三章・スパイ潜入


(四)梓VS葵

「絵利香さま。梓お嬢さまは? 葵さまのお車にお乗りになられたようですが」
「葵さんがお話しがあるって、連れていっちゃったわ。一人で帰ってねって」
「そうですか……お出かけは中止ということでよろしいですね」
「はい」
「それでは、絵利香さまのお屋敷にお送りしましょう」
 後部座席のドアを開けて、絵利香に乗車をうながす白井。
「ちょっと待てよ」
 突然慎二が後部座席から顔を出した。
「び、びっくりしたじゃない。なにしてるの」
「いやね。梓ちゃんを驚かそうと隠れていたのだ」
「ふふ。相変わらずね。慎二君」
 ゆっくりと後部座席に腰を降ろす絵利香。白井は後部座席のドアを閉めて、運転席に戻ると車を走らせた。
「追わなくていいのか」
「なんでよ」
「どっかに連れ込まれてなにかされたらどうするんだよ」
「馬鹿ねえ。そんなことあるわけないじゃない」
「だってよお。やくざな男達が大勢いたじゃないか」
「あれは、葵さんのボディーガードよ。闇に紛れて連れ去ったならともかく、大勢の目撃者のいる前で誘っていったんだから。何もできないわよ」
「し、しかし」
「白井さん。先に慎二君の家に寄ってあげて」
「かしこまりました」
「あ、梓ちゃーん!」
 ファントムⅥのリアウィンドウにへばりつくように、梓達の走り去った後方を見つめる慎二だった。

 リンカーンの後部座席に乗車する葵と梓。
「ところで梓さん」
 つと切り出す葵の言葉に、緊張の面持ちで訪ねる梓。
「な、なにかしら」
「あなた。分家の家督を継いだそうね。ひとまずおめでとうと言わせて頂くわ」
「あ、ありがとう。葵さん」
「でもね、言っとくけど。わたしだって、いずれは本家の家督を継ぐの。総資産二京円の本家グループの代表にもなるわ。六千五百兆円のあなたんとこと格が違うんだから」
「そうなんだ」
「しかし、わたしは今の神条寺家の家督を継いだだけじゃ満足しないわ。あなたのとこの真条寺家をも、いずれは神条寺家に併合してみせる。そもそも財産横取りした分家なんか認めていませんからね。そして名実共に両家をまとめる真の神条寺財閥の当主になるつもりよ。そうなれば、あなただって自分の資産を自由に扱うことすらできなくなるの」
「だから、その財産横取りの話は……」
 と言いかけたが、葵は聞こえないふりしているのか、
「いいこと、梓。中国が一つであるように、神条寺家も唯一無二の存在なのよ。あなたは全財産を我が神条寺家に返すべきだわ。その時には、それなりの地位くらいは与えてあげてもよくてよ。そうね……。わたしのスリッパの温め役くらいにはしてあげるわ」
 と余裕綽綽とした口調で言い放った。
(あたしは、サルか?)
 一方的な命令調の葵の言葉に、
(いい加減にしてよね)
 と思いつつもおとなしく聞いている梓だった。
 この娘には、いや正確に言うと母娘なのであるが……。
(何言っても無駄だものね)
 とにもかくにも、何代にも渡って言い伝えられてきたらしい因縁的な誤解なのだ。そう簡単には覆すことは不可能であろう。
 怒らせては何をされるか判らないだろうし……。
 何せ梓の乗るリンカーンの前後には、黒塗りベンツがぴったり付いており、強面の黒服黒眼鏡のいかつい男達が乗り合わせているのだから。
「ところで宇宙開発に乗り出したそうね」
「ええ、まあ……」
「それは結構だけど、空にばかりに目を取られて、足元を掬われないようにね。十分気をつけて、命を失わないようにすることよ。わたしは正々堂々とあなたと剣を交えたい。しかし横槍を突く卑怯者もいるということよ」
「どういうこと?」
「さあね。今日までのことを考え直してみれば判ることよ」
 葵の意図することにすぐには理解できない梓だった。
 命を失う?
 横槍を突く卑怯者……。
 おぼろげなりにもその意味が判ってくる梓。
「まさか、あなたが……?」
「誤解しないでよ。それをやっているのは、わたしのお母様よ。その毒牙にあなたを巻き込みたくないから忠告するのよ。さっきも言ったように正々堂々と生きたいから」
「そ、そう……。ありがとう、というべきかしら」
「その必要はないわよ。あなたには生きていて欲しいからね。ライバルとして」
「ライバル……」
「そう、ライバルよ」

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梓の非日常/第二部 第三章・スパイ潜入(三)ライバルとして
2021.05.15

続 梓の非日常/第三章・スパイ潜入


(三)ライバルとして

 数日後。梓の通う城東初雁高校の正門前に、黒塗りのベンツに前後を挟まれるように、リンカーン・コンチネンタルが横付けされていた。そのでかい図体のせいで、道は塞がれて車のすれ違いすら不可能だった。ベンツの傍らにはいかにもというような風体の黒服の男達がにらみをきかしている。その異様な雰囲気に通りがかった車は、あわてるようにUターンしたり、バックで引き返し脇道へ逃げたりしていた。無理してでもすり抜けようとしたり、苦情を言って車をどかしてもらおうとする勇気のあるものは一人もいなかった。
「なにあれ、やくざ屋さん?」
 リンカーンの脇をすり抜けるように生徒達が、何事かといった表情で三々五々通り過ぎていく。ちらりとリンカーンの中を覗こうとする者もいたが、車のウィンドウは遮光スクリーンで遮られていた。

「まったく。真条寺財閥の娘が、こんな下々の学校に通学しているとは。何を考えているのかしら。門は小さくて車で入れないし、車寄せすらないとは、よほどの貧乏学校なのね」
 とぶつくさと呟く声を耳にして、黒服は声を出さずに反問していた。
(……これが一般的な学校の姿だろうが。だいたい裏門からなら入れるってのに、神条寺家の者が、裏口入学するような真似などできません、などとぬかしやがって……)
 財閥令嬢なのを鼻に掛けて、高飛車な態度をとる葵。ボディーガードとして雇われて長いが、毎度毎度腹が煮え返るような思いには閉口させられていた。しかし、転職するには昨今の情勢ではままならず、妻子持ちの彼らにはじっと堪えて耐え忍ぶしかない。
「ところで、後ろの車、梓のよね」
「二百メートル後方、黒塗りのロールス・ロイス・ファントムⅥですね。確かに梓さまのお車のようです。少し広めの道路の交通の邪魔にならない場所で、待機しているというところですか」
「それじゃ、何。このわたしが交通妨害しているといいたいの?」
「い、いえ」
(……しているだろが……)
「ふん。下々の者は、よけて通るのがあたりまえでしょ」
 双眼鏡を覗いていた男が口を開いた。
「あ、誰かがロールス・ロイスに近づきました。何かがらの悪い奴ですね。親しげにお抱え運転手と話しています。やあ、おっさん。梓ちゃんのお迎えかい。さ、沢渡君もお帰りですか」
「おまえ、一人で何を言ってるの」
「じ、実は読唇術の心得がありまして、同時通訳しています。つ、続けますか」
「勝手になさい」
「では、続けます。なあ、おっさんが出迎えにきているということは、どこかに出かけるつもりか。そ、それは……あ、ちょっと車に乗らないでください。いいからいいから。やめてください、お嬢さまにしかられてしまいます。なあに俺と梓ちゃんの仲じゃないか。どういう仲なんでしょうねえ。ああ、沢渡君、やめて。って、とうとう乗り込んでしまいました。後は見えなくなりました」
「おまえは馬鹿か」
 呆れ顔の葵。

 一方、放課後となり校舎玄関から校庭に出てきた梓たちがいた。
「梓ちゃん。見て、あれ。葵さんじゃないかしら」
 と絵利香が指差す先に、リンカーンを見届けた梓。
「そうみたいね。窮屈な学校から解放されて、自由な時間を迎えようとしている時に、一番会いたくない人物の出迎えを受けるなんて、今日は仏滅?」
「梓ちゃんを、待ってるみたいね」
「あたしは、会いたくない。裏門からばっくれようか」
「それ、女の子の言葉じゃないわよ、やめなさい。とにかく、ああやって狭い道をいつまでも塞がせておくわけにはいかないでしょ」
「しかたないか」
 二人がリンカーンに近づくと、梓の顔を知っているお抱え運転手がドアを開けて、乗車をうながした。
「梓さま、どうぞお乗りくださいませ。葵お嬢さまがお話しがあるそうです」
 言われるままに乗車する梓。
「絵利香さま。申し訳ございませんが、お嬢さまは梓さまとお二人だけでお会いなされるとのことで、本日はお引き取り願いますか。よろしければ後ろのベンツでお送りいたします」
「いえ、結構です。一人で帰れますから」
 ドアのウィンドウが開いて、梓が顔を出して言った。
「ごめんね、絵利香ちゃん。今日は、あたしの車で一人で帰って」
「う、うん」
「出して頂戴」
「かしこまりました」
 絵利香を残して三台の車は走り去っていく。それを見届けたかのように、ロールス・ロイス・ファントムⅥが近づいて来る。運転手の白井が降りて来る。

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梓の非日常/第三部 神条寺家の陰謀 part-2
2021.05.14

神条寺家の陰謀


partー2

 床下を四つん這いになって進む。
 やがて、前の部屋のような床下収納庫と思われる場所に出た。
 ボックスこそないが、埋め込み半回転式の取っ手の裏側が突き出ている。
 直接上に出られるようだ。
 そこには、犯人が待ち構えているかもしれないが……。
 耳を澄ませて、上の床の音に耳を傾ける。
 足音などの生活音がないか。

 静かだった。

 少し蓋を持ち上げて、部屋の中を懐中電灯で照らしてみる。
 誰もいないようだ。
 音を立てないように、静かに床下から這い上がる。
 台所のようで、ドアが二つあるだけで窓のない殺風景な部屋だった。
 一つは玄関ドア。もう一つは隣の部屋に通じているようだ。
 調べ回ってみたが、何も見つからなかった。

 玄関ドアのカギを開けて外へ出ようとしたが、ここも鍵が掛かっていて出られなかった。

 仕方なく、玄関は無視して隣の部屋に向かいます。
 こちらも真っ暗だったが、ドアの壁際に照明スイッチがあった。
 やはり照明はあった方が良いだろう。
 ドアを閉めてから、照明を点けた。

 ソファーやら書棚とかが置いてあって、リビングルームという感じだった。
 ふと疑問が沸いた。
 殺人部屋はベッドはあるものの、まるで物置みたいだったが……。
 この住居の全体像が想像つかない。
 アパートなのか? 個人の住宅なのか?

 ともかくリビングを調べ始める。

 まずは本棚からだ。
 よくある話に、本棚がスライドして隠し通路が現れるとかがある。
 試しに本棚を横から押してみたが、ピクリとも動かなかった。
 どこかにスイッチがあって、電動で動くかもしれない。
「片っ端から、本を動かしてみるか……」
 ともかく本棚の右上段から順番に本を動かしてみる。
 探す途中で、本のページからはみ出た紙切れが見つかった。
 紙切れには、色覚テストに使われるような模様が描かれていたが、複雑すぎて何が描かれているか判読できない。
 五段ある本棚の三段目まで調べ終わる。
「何か仕掛けがあるとしたら、普通は手を掛け易い目の高さ辺りだと思うのだが……」

 さらに念入りに、本棚をさらに調べてみると、一番下の本の隙間に何か隠れていた。
 取り出してみると、チュールと呼ばれる猫のオヤツが一本入っていた。
 役に立つか分からないが、ともかく持っていくことにした。


 ソファーを調べてみる。
 見た目は、ごく普通のソファー。
「座面を持ち上げると、小物入れになっているものがあるよな」
 持ち上げようとしたが、残念ながら固定されていた。
「外れたか……」
 横へずらしてみようとしても駄目だった。
「腰が痛え……」
 床下を這いずり回っていたので、足腰を痛めたようだ。
 ソファーの背もたれに持たれかけて、思いっきり背伸びしてみた。
「うわわっ!」
 背面側に重心を持っていきすぎたのか、ソファーの前脚部が持ち上がって、後ろに倒れ込んでしまう。
「こ、これは⁉」
 ソファーが倒れたことで、床に隠し扉が現れた。
 床下収納庫……? ではなさそうだった。
 蓋には鍵穴が仕込んであったのだ。
「金庫か? それとも下へ続く通路か?」
 試しに、持っていた鍵の束で開けてみる。

 カチャリ!

 鍵の一つが合って、蓋が開いたのだった。
「階段だ! 地下室に通じているのかな?」

 ここは降りてゆくしかないだろう。
 念のために部屋の電気を消してから、いざ! 地下室へと向かった。

 階段を降りると、鍵の掛かった扉があったが、先ほどの鍵で開いた。
 扉側の壁にスイッチがあったので点けてみる。
 ここまできたら、スイッチに罠があるかなんて、もうどうでもよくなっていた。
「また部屋かよ……」
 中は、画廊のような風景であった。
 いくつかの彫刻と絵画が展示されていた。
「そとに通ずる道は?」
 入ってきた反対側に、横スライド式の電動らしきドアがあった。
 手でこじ開けようとしたが、びくともしなかった。
「どこかに電動ドアのスイッチがあると思うんだけどな……」
 それらしきものはあった。
 ドアの側の壁際に銀行ATMでよく見るような、暗証番号入力式のプッシュキーが並んでいた。
 適当に打ち込んでみようかと思ったが、間違った場合に警報が鳴るかもしれない。
 3回間違えるとロックされるとか……。
「忘れた場合に備えて、どこかに暗証番号書いたメモ帳とかないかな?」
 まずは絵画の裏を探してみる。
 額縁を動かすと、一枚の赤色をした透明シートがヒラヒラと舞い落ちた。
「赤の透明シート? そうかアレだ!」
 ピンとくるものがあった。
 本棚の本に綴じてあった、色覚テスト用のような紙切れだ。
 透明シートで紙切れを透かして見る。
「5963か」
 電動ドアの暗証番号だと思われる。
 こんな手間暇かけるより、素直に紙に番号を書いておけばいいのに……。
 と、思ったが考えるのをやめた。
 すぐ分かる場所に、すぐ分かる方法で残していたら暗証番号の意味がない。

 自動ドアの所に戻って、プッシュキーを押す。
「ごくろうさん……と」
 ピポパポと音がして、ドアが開いた。

 そのまま出ようとも思ったが、念のためにさらに部屋を探してみる。
 彫刻の中に手の上に何かを持っている仏像があった。
 調べてみると、今度はグレーの透明シートが入っていた。
「グレー透明シートか……。また何かを透かして見るのかな?」
 とりあえず貰っておく。

 他には見当たらないので、自動ドアから外へと向かった。

 そこは通路で、正面と両側に4つのドアがあった。
「とりあえず手前から調べてみるか」
 手前左のドアを開けようとするが締まっていた。
 持っている鍵束で開けて入ってみる。
「ハズレだ! 何もねえや」
 手前右の扉も何もなかった。
 先方左手ドアは、合う鍵がなくて開けられない。次だ。
 先方右手ドアを開けると……。

 そこには、猛獣のライオンが待ち構えていた。
「なんでこんなところに、ライオンがいるんだよ!」
 とっさに持っていたナイフで応戦する。
 ライオンを倒して、部屋の中を探してみる。
「ライオンが守っていたんだ! きっと重要な何かが隠されているはずだ!!」
 丁寧に隅から隅まで探してみる。
 机が置いてあり、引き出しから新たな鍵が見つかった。

 その部屋を出て、通路に残る正面の扉の前に立つ。
 鍵束の鍵は合わなかった。となると……、
「さっき手に入れたばかりの鍵か?」
 ライオンを倒して得た鍵を差し入れてみると、開いた。

 そこはまた別の部屋だった。

 ガランとして何もない部屋だった。
 扉も今入ってきた所しかない。

「しかし何もないってことはないんじゃないか?」
 今まで手にしてきたアイテムを取り出してみる。
 まだ使っていないのは、猫用おやつのチュールとグレーの透明シートだ。
 猫はどこにもいないから、今使うのは透明シートか……。
 グレーの透明シートで部屋の壁を透かして見る。
 すると壁の一カ所に何やら浮かんできた文字があった。
「そうか! これは偏光板だったんだ」

 参考=Nitto実験動画「偏光板 魔法のフィルム篇

『ここまで来た中に猫のいる部屋がある。最後の鍵は猫が持っている』
 猫のいる部屋? 鍵を持っているだと? ライオン(ネコ科)のことじゃないよな。
 ともかく戻って、もう一度よく確認してみよう。

 先ほどの五つの部屋があった通路に戻ってみる。
「何もないと思ってみたが、何かあるのか?」
 画廊から見て手前右手扉に入ってみる。
「猫はいるか?」
 いないようだ。
 手前左手扉の部屋にも、猫どころか鼠もいない。
 最後に、先方左手扉の部屋だ。
「ここは鍵が合わなかったよな……。待てよ、最後の鍵といっていたな」
 よく見ると、ドアの下側に小さな扉があった。
「これか!? 猫用通路口だ!」
 前回見に来た時は、下の方に目がいかなかったので気付かなかったようだ。
 この扉の中に鍵を持った猫がいるのか?
「猫ならコイツに反応するかな……」
 チュールを開封して、猫通路口から差し入れてみる。
 すると、中の方でコトンと音がした。
「にゃーん!」
 猫がチュールにしゃぶりついてきた。
 チュールを手前に引くと、釣られて猫も外へ出てくる。
 その首には鍵がぶら下がっていたのだ。
 猫を捕まえて、最後の鍵を手に入れた!
 チュールを全部舐め終わった猫が、足元にじゃれついてくる。
「よしよし。いい子だ」
 最後の鍵を使って、その扉の錠前に差し込んでみると、見事に開いた。
「ここが最後なのか?」
 部屋の中に入る。

 そこは窓のある明るい部屋だった。
 開いた猫用のゲージがあり、餌皿と水飲みが置いてあり、ここで放し飼いされているらしい。
 ということは、いずれ飼い主がやってくるかもしれない。
 もしかしたら、そいつが殺人犯か?
 もちろん、トットと逃げ出すに限る。
 ドアには、円筒錠というごく普通の錠前が付いていた。
 外からは鍵が必要だが、内からは鍵なしで開くという奴。
 手を掛けて回してみると、何の抵抗もなく開いた。
 外へ出てみると、光ある世界だった。
 振り返ってみると、今までいた所は何やら研究所のような建物だった。

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梓の非日常/第二部 第三章・スパイ潜入(二)旧体制VS新体制
2021.05.13

続 梓の非日常/第三章・スパイ潜入


(二)旧体制VS新体制

「それで、他になにか情報はあるの?」
「もうこれは既知の情報では有りますが、梓さまが立ち上げられた宇宙開発事業が正式に動き始めました。米国フロリダ州ケープカナベラル基地に隣接する広大な土地に、真条寺家の手による宇宙空港の建設が始まりました」
「その話は聞いているわ。宇宙ステーションの建設資材を、宇宙へ打ち上げるための専用宇宙空港よね。スペースシャトルの連続打ち上げと常時回収の両方が同時にできるマルチセッション多様型宇宙空港だと聞いたわ」
「宇宙ステーションの開発設計は、篠崎重工側に新たに設立された宇宙開発推進事業部が担当しています。なお当事業部は、篠崎重工アメリカが発足次第、そちらへ移管されることが決まっております」
「篠崎重工か……こいつも目の上のタンコブだわよね。本家と分家が利権争いをしている間隙をついて、漁夫の利を得て発展してきたくせに、いけしゃあしゃあと真条寺家と結託しくさりおってからに」

(というよりも、どちら側についたら自分に有利かを判断したのかと思う)
 黒服は口には出さなかったが、現状においては明らかに真条寺家に軍配が上がるのは目に見えていた。
 資源探査では一歩も二歩も先んじられて将来の資源開発を掌握され、今また宇宙開発においても制宙権を確保されようとしている。このまま行けばジリ貧となって消え行く運命にあると言えた。
 古今東西、マケドニアのアレクサンダー大王、ローマのカエサル、フランスのナポレオン、トルコのチンギス&フビライ・ハーン、世界征服を目指したいずれの超大国とてやがて歴史の彼方に消え去っていった。日の沈まぬ国として世界の海を制覇したかつてのスペイン帝国も大英帝国も今ではすっかり影を潜めている。
 投げ上げられた石はやがて地面に落ちる。地球という重力に縛られたような、古い慣習に固執する葵の母親のような権力者では、この石のように、重力に引きずられて発展から停滞に減速され、さらには急降下で落ちていくだろう。ただ財産を蓄えることしか頭になく、抵抗勢力を抹殺しようという考えでは進歩がない。それは安寧から停滞へ、そして衰退へと坂道を転がるように堕ちていくだけである。
 梓のように、全財産の三分の一の資産をも投じて未知の世界へ飛び出すような、急進的な思考を持ってこそ発展の道も開かれるのである。

「まあ、こっちの方は梓を陥落させてからでも十分だわ。真条寺家がなくなれば主要取引先を失って倒産に追い込まれるはずよ」
「そう上手くいきますかね」
「やらなきゃならないでしょ。もちろん姑息な手段を使わず正々堂々と勝負よ。ところで、梓の持つ財産て現時点でどれくらいあるの?」
「総資産はおよそ六千五百兆円となっております。ちなみに先程の原子力潜水調査船一隻だけで六千億円になります。宇宙開発にその三分の一を投入する予定のようですが、十年・二十年先には月資源や火星などの資源を独占したり、無重力における特殊な環境が及ぼす新素材開発とかが軌道に乗れば、投資を上回る資産形成をなすことが期待できると考えられております」
「でしょうね。そういった未来志向ができる梓やその母親がいるからこそ、今日の真条寺財閥が存続しているのよ。
 それに引き換え、わたしの母親や神条寺財閥は旧態依然の「鉄」にこだわりつづけて、梓達の「新素材」への転換に踏み切れないでいる。確かに「鉄」は溶鉱炉を建設し稼動させれば資産を生み出してくれはする。しかし将来に渡っての保証はない。実際にも、資源探査においてはARECに今後の資源を押さえられては身動きが取れなくなる。
 それに引き換えて、「新素材」は莫大な研究費用を投入しても、最終的な研究成果が資産を生み出してくれるとは限らない。結果、資産を食い潰してしまわないとも限らない。総資産二京円におよぶ神条寺家と、同じく六千五百兆円の真条寺家の違いがそこにある。研究開発に莫大な資産を投入してきたから、総資産では真条寺家は神条寺家の三分の一にまでに差が開いた。しかし将来に話を移せば、決して楽観はできないのよ」
 とここまでいっきに喋りとおし、
「どうしてそのことを、お母様は理解してくれないのよ!」
 突然大声でいきりたつ葵だった。
 黒服は思った。
 確かに、この神条寺葵の考えるとおりである。
 旧態依然の体制に固執し、敵対する者を闇に葬ろうとする当主の神条寺靜。
 一方の真条寺家は将来を見据えて行動し、世代交代も素早いから常に新鮮な雰囲気に満ち満ちている。そして現当主の梓は資産の三分の一を投げ打って新事業に乗り出し、かつまた配下の参画企業の社員全員が誠心誠意バックアップする好環境が作り上げられていた。
「このままでは、神条寺家は滅びるわ。そうならないように当主の交代を願い出たけど聞き入れてはくれない。おそらく死ぬまでは当主の座に収まろうとするでしょうね。でもわたしは手をこまねいているつもりはないわよ」
 母親に対して謀反を起こすつもりか……。
 まあ、それはそれでいいかも知れない。
 どっちにしろ葵が言うように、地を這い蹲る(はいつくばる)しか能のない靜が当主のままでは神条寺家の未来はないのは確かである。

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梓の非日常/第二部 第三章・スパイ潜入(一)神条寺葵
2021.05.12

続 梓の非日常/第三章・スパイ潜入


(一)神条寺葵

 ここは神条寺家。
 今から百余年前のこと、梓の属する真条寺家が、財産分与を受けて分家したその本家に当たる。
 しかしながら、時代を隔てて今日の神条寺家では、真条寺家が財産を横取りして、それを元手にアメリカ大陸で繁栄したという誤った言い伝えを信じていた。双子の一人に財産の半分を持って行かれたのであるから、本来なら全額相続できたかも知れないもう片方の子孫達が怒りを覚えるのは当然だろう。
 以来、両家は太平洋を挟んで、犬猿の仲のまま双方とも発展を続けていた。

 リビングで本家の当主たる神条寺靜とその娘の葵が言い争っている。
「家督を譲れですって。何を馬鹿なこと言っているのよ、この子は」
「だって、分家のほうじゃ、十六歳の梓に家督を譲ったというじゃない」
「それで自分にも、家督を譲れと言うのね」
「そうよ」
「だめです」
「どうして?」
「分家には分家の、本家には本家のやりかたがあるのです。だいたい、あちらはアメリカ人です。制度も風習も違います」
「そんなのないよ。同じ神条寺家よ」
 執拗に食い下がろうとする葵だったが、
「いい加減になさい。母に逆らうつもりですか。あなたを廃嫡にして、妹に相続させることもできるのですよ」
 と言われては、身をすくめてすごすごと引き下がるしかなかった。
「わかったわよ!」
 吐き捨てるように言って、リビングを後にした。

 廊下に、黒服の男が立っていた。
 葵はその前を通り過ぎるが、黒服は葵の後に付いてきていた。
「調べはついたの?」
 立ち止まることなく黒服に尋ねる葵。
「はい。梓グループはそれを統括運営する財団法人AFCのもと、直営の生命科学研究所・衛星事業研究所などの九つの各種研究機関と、約四十八の企業から構成されております。世界各地に点在する七十五箇所の生産基地と販売拠点、それらを結ぶ動脈ともいうべき所有船舶数は四十九隻、うち原子力船が四隻。総排水量にしておよそ二百万トン」
「ちょっと待って、原子力船ですって。なによそれ。一民間企業が簡単に所有できる代物じゃないわよ」
 急に立ち止まり振り返って確認する。
「はあ、それが、アメリカ国籍企業となっております資源探査会社AREC(アレ
ク)「AZUSA Resouce Examination Corporation」が運営、財団法人AFCが所有する深海調査船でして、母港はパールハーバーです。米国海軍の強力な保護下にあるもようで、北太平洋・南太平洋及び大西洋海域において、現在メタンハイドレードと海底熱水鉱床及び海底天然ガスの分布と埋蔵量の調査を行っています。
 ちなみにARECは、予備機を含めて五基の資源探査気象衛星も稼動中させています。海と空からのほぼ完璧な布陣を敷いている感じですね。資源調査では、他企業を圧倒してほとんど独占状態です」


「つまりは将来的なエネルギー源を、梓に押さえられる可能性があるということじゃない」
「その可能性は十二分にあるでしょうが、実際の採掘には、鉱床のある排他的経済水域を包括する国家の主権が絡みますので、なかなか難しいでしょうが」
「ところで米国海軍の保護下にあると言ったけど、まさか実際は海軍所属の潜水艦ということじゃないでしょうね?」
「そ、それは……」
「その顔は何か知っているわね?」
「い、いや。これはお嬢さまといえども打ち明けるわけには参りません」
「そう……。なら、いいわ。ただし、明日から別の職を探すことね。わたしに逆らった者がどうなったか知らないはずないわよね」
 高飛車な態度で言い渡す葵だった。気に入らないことがあれば、実力をもって行使する。いかにも自分本位で他人の迷惑を一切考えない。
 実際には使用人の採用権などを握っているのは母親の靜であるが、葵の機嫌をそこねたら最期、村八分にされるか下駄番にされるかして、居ずらくなってしまう。かといって転職しようとしてもことごとく就職を断られるだろう。
 神条寺家の影響力は全国津々浦々の企業に浸透しており、当家を退職した者を雇ったことが知られれば敵対勢力とみなされて、取引企業からの一切の断絶、企業生命を絶たれてしまう。結局神条寺家を出た者に待っているのは、世渡りの厳しい現実であり、せいぜいパートかアルバイトしかないか、神条寺家の範疇にない小さな個人経営の企業に就職するよりない。
 妻子ある者なら給与の激減で食べていくことすらできない状態に陥ってしまうであろう。
 ゆえに何があろうと、何を言われようとぐっと堪えて腹の中にしまって、媚びへつらい頭を下げていいなりになるしかないのである。
「判りました。ですが、絶対他言無用にお願いします」
「早く聞かせなさい!」
 びくつきながらも、自分の知り得た真条寺家の内情を話す黒服だった。
 原子力潜水艦が、真条寺財閥資産運用会社「AREC」の所有ながらも太平洋艦隊にも所属していること、戦略核兵器を搭載しているとかの噂も流れていること。
「核兵器?」
「未確認ですが、国家最高機密である原子力潜水艦を民間が建造所有できるはずもなく、当然海軍の協力の下に建造が行われたものと推定されております。また対艦誘導ミサイルの発射が確認されて艤装が施されているのが事実となっております。当然として、その艦の大きさから核弾頭すらも搭載されているだろうとの判断です」
「戦争でもするつもりなの? 真条寺家は」
「兵器は使うために存在するものです。その時……その時がくればですが、当然使うでしょう」
「その時は、第三次世界大戦になっているわね」
「その通りです」
「まったく……現在世界に冠たる経済大国の地位と、世界一の軍隊を誇るアメリカ国家を味方につけている真条寺家。かたや敗戦国で核兵器はおろか空母一隻も持たずに戦争放棄を唱えている平和統治政府日本国の下の神条寺家。戦争となって敵対すれば、あっという間に滅ぼされるわね」
「その通りです」
「どうりでお母様が梓を陥れようとやっきになっている理由が判ったわ」
「どういう意味ですか?」
「あなた、本当は知っているのでしょう? 梓がハワイに遊びに行くのを知って、整備員を買収して航空機に細工をしたのをね。あまつさえ、南米の某国軍隊を買収して駆逐艦部隊をさしむけたことも。さらには生命研究所の地下施設火災事件、すべてお母様の仕業。みんなひた隠しにしているけれど、わたしはちゃんと知っているのよ」
「どうしてそれを?」
「窮すれば通ずるよ。ひた隠しにしようとすればするほど、杓子から水がこぼれるように、情報は漏れるものよ」
「はあ……」
 ものの例え方がいまいち納得できないがだまって頷くような素振りをする黒服だった。
「わたしは影に回って陰謀を巡らすようなお母様には反対です。正々堂々と戦って組み敷かせなければ意味がないのよ。陰謀によって相手を倒して手に入れたものは、再び陰謀によって奪われるものよ」
 ほう……。
 珍しくまともなことを言っているな。
 そう思う黒服だった。
 思い起こしてみると、幼少の頃から勝気で、言うことを聞かないと癇癪を起こしてしまうお嬢さまだったが、曲がったことは大嫌いだった。まっすぐ前を見て物を言い、間違っていることは間違っているとはっきりと言う。善悪の区別のできる娘だった。
「お母様には、何を言っても無駄だわ。わたしは、わたしのやり方で梓をこの前に跪かせてあげるわ。あなたもお母様のいいなりになってないで、わたしについてきなさい」
 意外な言葉だった。
 母親に敵対するような言葉を吐き、一人でも多くの味方をつけるためのことなのかも知れない。
 葵に対しての意識を考え改めさせることばだった。
「判りました。お嬢さまのおっしゃるとおりに」
 と頭を下げる黒服だった。

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