性転換倶楽部/性転換薬 XX (三)
2019.05.09


性転換倶楽部/性転換薬(ダブルエックス)


(三)

「社長、どうしますか?」
 研究員の声で我に返った。
 いかん、いかん。いつの間にか過去の思い出に浸っていたようだ。
 さて、誰も臨床実験はだめだとなると……。
 この部屋の中にいる者の中で唯一、女になってもそれほど困らない人物といえば一
人しかいない。
「そうだな……仕方がないか。実験台には私がなろう」
「ええ!?」
 一斉に驚く他の三人。
「ちょっと待ってくれよ、親父。親父の道楽にはもう驚かないけどさ、自分自身が女
性に変わっちゃったら、社長業はどうするんだよ」
「社長が、女性ならまずいのか?」
「別に女性が悪いというのじゃないよ。性転換したということが問題なんだよ。その
親父が社長というのも……」
「逆に宣伝になっていいんじゃないか? 『性転換薬ができました。その効能は社長
自ら証明します』ってのはどうだい?」
「まずいよ。性転換は日本社会ではご法度なんだよ。奇異な目で見られて営業に支障
がでるよ」
「私は、そう思わないぞ。日本だけを見て考えるからいけないんだ。性転換薬は世界
中の性同一性障害者には、夢の薬となる朗報なんだから。ゲイや性転換が認められて
いるのは、世界的な兆候となっているんだ。狭い日本にばかり気を取られていないで、
世界に目を向けろ」
 英二は徹底的に反対するつもりだ。まあ、それもそうだろうな。社長といっても、
現在の私は産婦人科医や闇の臓器移植担当医としての仕事の方が多い。実際に会社を
動かしているのは、代表取締役専務の英二なのだから。だから会社の信用に関わる事
には神経を尖らせている。
「とにかくもっとよく考えてからにしろよ」
 その言葉を聞いて、研究員が間を割ってきた。
「あの……すみません。この薬、日持ちしないんです。調合したら六時間以内に使用
しないとすぐだめになるんです」
 研究員が申し訳なさそうに切り出した。
「なに? それじゃあ……」
「だから、急を要しているんです」
「また作ればいいじゃないか」
「駄目なんです。調合素材の中には五年掛りで集めた天然素材もありまして、作り直
すとなると、また五年ほど掛かることになります。一応化学合成やバイオ技術による
生産ができないかと暗中模索でやってはいるのですが……」
「五年も待つのか……下手すりゃ、他企業に先を越されるかもしれないな。どこで企
業秘密が漏洩しないとも限らないからな。あ、いや、君が漏らすとは言ってないよ。
自分の娘のように思っている者を疑うわけが無いだろう」
「しかし、臨験の相手もいないのに、なぜ調合してしまったんだ? 見つかってから
でもよかっただろう」
 英二が詰問した。
「すみません。チンパンジーへの投与量から推測して、人間に投与する適量が判明し
たもので、嬉しくなってつい……」
「調合してしまったというわけか」
「はい」
「しようがないなあ……」
「申し訳ありません」
 彼女は優秀なのだが、少々そそっかしいところがある。まあ、お茶目で可愛いから、
つい許してしまう。
 そう言えば、彼女を結婚させるにあたり、相当苦労させられたものだ。
 彼女の給与(結構高給なのだ)に見合うだけの能力のある社員を探して見合いさせ
た。当初彼の両親は勘当された娘などとの結婚に反対していたのであるが、社長であ
る私の肩書きに押されて、しぶしぶ結婚を承諾する事になった。素直に従っていれば、
息子の昇進に繋がると判断したようである。
 それから今度は、嫌がる彼女を引き連れて両親の所へ赴いて、結婚の受諾を受ける。
 母親は、彼女の姿を一目見るなり、
「あたしは、こんな子に育てた覚えはないよ」
 といって一晩中泣き明かされた。
 彼女は生まれついての性同一性障害者だったらしい。子供の頃から女装していたと
いうから年期はそうとうのものである。父親も諦めの心境にあったようで、結婚は許
すが式には出席しないと言った。手応えを感じた私は、この父親に重点的に説得を繰
り返して、何とか結婚式への出席の同意を取り付けたのである。


11
性転換倶楽部/性転換薬 XX (二)
2019.05.08



性転換倶楽部/性転換薬 XX(ダブルエックス)


(二)

 そして翌日だった。
 その研究員がスカートを履き、化粧して出社してきたのだ。産婦人科医であり社長
の私が、性同一性障害者に理解があると判断しての決断だろう。
 いわゆるカムアウト宣言だ。
 当然上司の課長は当惑して、上役の部長へ意見具申する。自分じゃ判断できないか
らと、さらに上の常務に、そして専務の英二の所へと届く。
「ああ、こんな用件なら社長に廻してくれ。親父の方が専門分野だからな」
 と結局、私の所まで上がってきたのである。
「社長、いかがいたしましょう」
 意見具申の相談を持ってきた、常務が尋ねる。
「常務。我が社の給与体系は知っているな」
「もちろんです」
「男女格差はあったかね」
「いいえ、ありません。当社は、新入社員から定年近いものまで、すべて能力主義を
通して給与を決定しています。男子と女子と一切区別をつけていません」
「そうだろう。ならば、性別不適合な人物がいても、それを理由にして彼を排除する
わけにはいかないだろう。どんな格好をしていても、優秀で会社の利益になる結果を
出す人間なら大いに結構じゃないか。こんなことぐらいで社長の私の所へ意見具申す
るなんて、君の判断能力を疑わなければならないな。優柔不断、決断力の欠如、経営
者側にいる重役としての資質に劣るかも知れない。君は世間体を気にしているようだ
が、断固として信念を突き通す彼の方が、よっぽどいいぞ」
 資質に劣ると言われて、常務の身体が緊張して震えているのが判った。能力主義と
いう会社の方針は、重役だろうが容赦はしないからだ。
 能力主義による給与体系から外れているのは、会社の株式を過半数押さえて経営権
を握っている、代表取締役にある私と副社長、そして専務の英二の三人だけだ。

 性同一性障害者とはいえ、研究所内でも類を見ないほど優秀な人材だ。何せ、里美
に投与したあの「ハイパーエストロゲン」と「スーパー成長ホルモン」を開発成功し
たんだからな。もっともあれ一人分を作るには天然ホルモン千人分が必要なのだ。だ
からそう簡単には作れない、未だ実験段階のまま、里美が最初で最後の成功例という
わけだ。引き続き、化学合成やバイオ技術で大量生産できるように、研究するように
指示している。彼女も、自分達と同じ悩みに苦しんでいる人々の為に、日夜鋭意努力
研究を続けている。もちろん研究に没頭できるように、社長直属の特別研究員として
研究室をあてがってやった。これなら誰も文句を言えないだろう。
 そして裏の組織での臓器摘出している時に、彼女と免疫型が一致する検体があった。
社内検診には血液を採取するから、ついでにHLAも調べ上げていたのだ。
 翌日、早速彼女を呼び寄せて言った。
「もし君が望むなら、性別再判定手術をしてあげよう。しかも脳死した女性の生殖器
を移植するという、正真正銘の性転換術だ。成功すれば、性行為はもちろんのこと、
妊娠し子供を産む事も可能だ。だが失敗の可能性もある。移植した性器がちゃんと機
能せずに、退縮してしまうかも知れない。その時は、再手術して通常の性転換術を施
す。どうだ、やる気はあるか? 今、この場で結論を出してくれ。臓器は保存できな
いからだ」
 すると即座に答えたのだ。よほど真剣に女性になりたかったのだろう。
「手術してください」
 というわけで、研究員は女性に生まれ変わり、戸籍も手配して女性にしてあげた。
 その後の彼女は、結婚して二児の母親となっている。当然勤務時間も、きっかり九
時から五時までで、一切残業はしない。次女の雪菜はまだ四ヶ月なので、社内託児所
に預けて、母乳を与える為に時折研究室を抜け出してくる。
 私は社長であると同時に、産婦人科医でもあるから、そんな子供を持つ女性達には
理解があるつもりだ。安心して研究に打ち込める環境を作ってあげている。

性転換倶楽部/性転換薬 XX(ダブルエックス)
2019.05.07



性転換薬 XX(ダブルエックス)


(一)

 社長室で、英二と由香里を加えて二人の結婚式の日取りについて話し合っていると、
「社長、出来ましたよ!」
 と叫びながら社長室に飛び込んで来た女性がいる。
 一見医者のような白いユニフォームを着込んでいる。
 手には液体の入った瓶を持っている。
「何だどうした? 何ができたんだ?」
「性転換薬ですよ。社長がご命令なされた薬が完成しました」
「それは、本当か?」
「はい。動物実験でチンパンジーのレベルまで、効果が実証されています。次は、人
体への臨床実験に移行します。それでご報告に参った次第です」
「そうか……とうとう臨験までこぎつけたのか。よくやった」
「しかし、困っているんです」
「困る?」
「臨験を実施する相手がいないんです」
「そうだろうなあ……。癌の特効薬とかいうのなら、いくらでも臨験を願い出る末期
患者がいるのだが……。性転換となると……」
 ちらりと、先程から興味津々の表情で、聞き入っていた二人を見やった。
 それに気づいて由香里が即座に答えた
「あ、あたしはだめですよ。臨床実験なんていやです。生殖器は完全な女性で卵巣も
あって、子供も産めると先生もおっしゃってましたけど、生殖器以外は男性の遺伝子
を持っているんですからね。どんな効果が現れるか判らないじゃないですか。それに
英二さんと結婚するんですからだめ!」
「ああ、俺もだめだよ」
 研究員の方を見やると、彼女も、とんでもない! という表情で首を横に振ってい
る。
 だろうなあ、彼女も由香里と同じで、性別再判定手術を受けている。私が施術した
記念すべき第一号患者なのだから。
 当時、社内健康診断を実施した時、もちろん医者である私自らが検診したのだが、
男なのに胸が膨らんだ女っぽい研究員がいた。一目で性同一性障害者とわかる、
「女性ホルモンを飲んでいるね」
 問診で聞いてみると、
「はい」
 素直に答えた。
「いつから?」
「三年前からです」
「ふーん。まあ、そんな感じだな。サイズはどれくらいかな、85くらいみたいだが」
「70のCカップです。87です」
「血中ホルモン濃度や血液凝固とかの検査はちゃんと受けているのか?」
「いいえ」
「じゃあ、ホルモン剤も、自分勝手な判断で飲んでいるんだな。インターネットで個
人輸入して手に入れているな」
「そうです」
「いかんなあ……。ホルモン剤は処方箋薬だ。素人判断で勝手に扱えるようなものじ
ゃないんだぞ」
「すみません」
「血栓症になる確率は高いし、乳癌にだってなる。女性ホルモンは乳癌を促進するん
だ。それくらいは、知っているだろう?」
「知っています」
「とにかくこれは命令だ。病院を紹介するから、毎月検診を受けろ。いいな」
「はい。わかりました」
 会社の健康診断は半年に一度だ。身体を改造してしまうホルモン剤を投与している
なら、期間が長すぎる。
「健康保健を持って行くのを忘れるなよ」
「健康保健がきくのですか?」
「あたりまえだ。社員の健康を守るのは会社の義務だ。そのための健康保健なのだか
らな」
 実際にも、性同一性障害というものが認知されて、女性ホルモンを処方してくれる
病院は結構増えてきている。しかし健康保健が適用されるかどうかは、医者の判断に
委ねられている。保健がきくところもあれば、だめなところもある。
 私の父親が経営している産婦人科は、内科を併設してある関係から、女性ホルモン
を求める患者がひっきりなしに訪れる。父親も理解があるので、問診などで性同一性
障害者と診断されれば、保険治療として女性ホルモンを処方してやっている。もちろ
ん私が担当した時もだ。ただし、ただの興味本意ならお断りする。

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