梓の非日常/第二部 第一章・新たなる境遇(六)契約更改
2021.05.02

続 梓の非日常/第一章・新たなる境遇


(六)契約更改

 梓の十六歳の誕生パーティーは一騒乱はあったものの、一応の決着を見て無事に終了した。
 真条寺空港からそれぞれの国家元首や大使、招待客が帰って行く。
 もちろん。
「この借りは必ず返すからな」
 という俊介の姿や、
「おうよ。いつでも受けて立つぜ」
 という慎二もいる。

 真条寺家の執務室。
『あなたをお呼びしたのは他でもありません。今後の梓とあなた自身についてです』
『お嬢さまと私自身ですか』
『これまで世話役として梓の面倒を見てくださったこと感謝いたします。梓もAFCの代表として就任したからには、今まで通りというわけにはいかないでしょう。そこで世話役としての契約更改を致したく、お呼びした次第です』
『契約更改ですか』
『今後、世話役としてのあなたの位置付けは、もっともっと重要になってくるでしょう。私があなたに期待しているのは、梓に対して親身になって相談にのってあげられること、時には厳しく忠告できる人物であることです。
 命令にただ服従するだけの番犬は必要ありません。ニューヨークからずっと一緒に暮らしていたせいか、梓はあなたのことを姉のように慕っていますし、あなたの言うことなら素直に従います。その点、あなたなら申し分ないでしょう。年棒は、取り敢えず現在の二倍の百万ドルくらいからが丁度良いかと思います。梓はまだ学生ですから。いかがです、引き受けては頂けませんか?』
『はい。喜んで引き受けさせていただきます。身に余る光栄と存じます』
『ありがとうございます。梓を悲しませずに済みます』
『いえ、こちらこそ、お嬢さまとこれまで通りに過ごせるなら幸せです』
『それでは、こちらの契約書に良く目を通し、サインしてください』
『かしこまりました』
 契約書にゆっくりと目を通している麗香。
『梓の世話役としての必要経費は、年間あたり十億ドルまでなら、私と梓の許可を取らなくてもあなたの判断で決済を行ってかまいません。それくらいでいちいち許可を取っていたら仕事になりませんからね』
『十億ドルですか』
『少ないですか?』
『いえ、それで充分だと思います』
『梓が大学を卒業して正式に代表に就任し、世界中を飛び回るようになれば、年棒及び必要経費は十倍くらいに増やしても構わないでしょう。もっとも梓が、あなたを必要とし妥当な金額だと判断すればですが』
 麗香は、契約書を読み終えて、サインを添えて渚に返した。
 サインを確認した渚が、契約書を机の中にしまい込み、
『結構ですわ。これで契約更改は完了しました。契約書の写しは後日渡します。では、これをご覧ください』
 と言って、机の操作盤をいじると、背後のパネルに映像が映しだされた。

『こ、これは?』
 そこには、屋敷のテラスで仲良く談笑する梓と絵利香が映っていた。
『この映像は、地球軌道上を回っている人工衛星からリアルタイムに送られてきているものです』
『はい、存じております。以前執務室にお伺いした時に、たまたまこの映像が映されていまして、恵美子さまから簡単な説明を受けました』
『そうでしたか、恵美子さんの判断なら構わないでしょう。とにかくたった今、この時間の梓の映像です。梓がどこで何をしているか、宇宙から二十四時間体制で監視しているのです。もっとも本人には何も知らせていません』
『誰しも、監視されていると知ったら気分を害しますね』
『ですから絶対に本人に気づかれてはなりません。このことを知っているのは、私と恵美子さん。篠崎良三氏、そして、衛星をコントロールしている女性オペレーターだけです。今日からはあなたもその中の一人です』
『女性オペレーターですか。まあ男性には任せられませんね。あと篠崎重工の社長さま』
『篠崎さんには、梓といつも一緒にいる絵利香さんとの兼ね合いでお教えしています』
『お嬢さまに何かあれば、とうぜん絵利香さんにも関わってきますね』
『正確にいうとこの映像は、資源探査気象衛星、英字で呼称される「AZUSA」から送られてきています。この衛星は各種の電磁波、レーザー探知装置を駆使して資源を探し、気象情報を集めるのが本来の仕事なのですが、最新鋭の超高解像度地上監視カメラを使って、梓を追跡することも任務にしています。名前の由来もそこからきているのですが、予備機も含めて五機の衛星が入れ代わり梓を捕らえています』
『すごいですね。宇宙から個人を識別できるなんて』
『あなたの役目の一つとして、この衛星の管理も最重要課題として入っています。これまでは恵美子さんが管理していましたが、今日からはあなたの役目です。もし故障したり、具合が悪くなったときは、即座に代替機を発注してください。打ち上げ費用を含めて、一機あたり七千万ドルです。必要経費を使ってください』
『一分一秒でも、お嬢さまを見失ってはいけないということですか?』
『その通りです。衛星の生産と管理は日本の若葉台にある財団法人AFC衛星事業部及び衛星監視センター。打ち上げロケットは篠崎重工ロケット推進事業部が担当しています。ここに連絡先が書いてあるので担当者と打ち合わせしておいてください。もうひとつ大容量・高速通信用静止衛星、平仮名で呼称する「あずさ」というのもありますが、その辺のところもその担当者から説明を受けてください』
 渚が連絡先の記された用紙を麗香に手渡す。
『話しは以上で終わりです。くれぐれも梓のことよろしく頼みます』
『はい。わかりました』

 一礼してオフィスを出ていく麗香。
『あ、麗香さん。お母さんと、どんなお話しをしてたの?』
『はい。今後も娘の梓のことお願いしますって、渚さまに言われて』
『なあんだ、そんなことか。これからもずっと一緒だよね、ね?』
 梓が、麗香を見つめるようにして、その手を取り握り締めた。それは、梓が不安を感じた時にいつも取る行動だった。声と表情は平静を装っているが、梓の手の平は緊張感から汗ばんでいた。
『はい、もちろんです。お嬢さまが、私の事をお嫌いにならない限り』
『よかったあ。それなら大丈夫だよ。麗香さんのこと信頼してるから』
 梓の表情から緊張感がほぐれるのがよく見てとれた。麗香の頬に軽くキスをしてから、『うふふ。これから絵利香ちゃんと買い物なんだ。麗香さんも一緒においでよ』
 といって麗香の手を引っ張っていく梓。

 フリートウッドに乗り込む梓達。麗香は、ふと空を見上げてみる。
 ……今この時も、空の上から監視は続いているのね……
『麗香さん。今日は一日中晴れだよ』
 何も知らない梓の言葉に、思わず苦笑する麗香。

第一章 了

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梓の非日常/第二部 第一章・新たなる境遇(五)決闘!
2021.05.01

続 梓の非日常/第一章・新たなる境遇


(五)決闘!

「おい、梓ちゃん。映画とかでよく見る光景だけど。もしかして、これって……決闘だっ! ってやつじゃない?」
「もしかしなくても決闘の申し込みだよ」
「やっぱり!」
「貴様のような奴に、いくら口で言っても判らないようだからな」
「おう! やったろうじゃないか。で、決闘の方法は?」
 決闘を申し込まれたというのに、明らかに喜んでいる風の慎二。
「最近、暴れていないからなあ……。腕が鳴るよ」
 指をぽきぽきと折り鳴らしながら臨戦態勢に入ろうという感じか。
「野蛮な貴様のことだ。どうせ、喧嘩ぐらいしかしたことないのだろう」
「おうよ。喧嘩は三度の飯より好きだぜ」
 という慎二に頷く絵利香。
(まあ、最近は梓ちゃんの手前、手を出すのを控えて耐えているのをよく見かけるけどね)
 その屈強な精神と肉体を有する慎二には、心配するようなものはなさそうであるが、相手の俊介の方が、やはり気になるところではある。
(大丈夫かしらね……)
「いいだろう。決闘の方法は、自分の腕と足が頼りの拳法ということにしようじゃないか」
「拳法か……。いいね、それでいこう」
 というと後ろに下がって構える慎二。
 俊介の方も、片足を引き両腕を軽く胸の前に置いて構えていた。
 そんな俊介の構えを眺めている梓。
 さながら自分を取り合って決闘をはじめた相手を前に、心配顔で成り行きを見守ろうとしているお姫様って様子だろうか。
「ふうん……。見たところ、隙だらけって感じだけど。誘いの隙ってやつかな」
 二人は対峙したまま動かなかった。
 相手の様子を窺いながら、出方を待っているのだ。
 慎二も不用意に仕掛ければ、相手の思う壺というのが判っている。
「どうした、掛かってこないのかい?」
 俊介のほうから言葉をかけてきた。
「いやなにね。貴様のテコンドーの足技を警戒しているだけなんだけどね」
 その答えを聞いて表情を変え、感心したような口調で返す俊介。
「ほう……構えだけから、私の得意種目を言い当てるとはただものではないな」
「百戦錬磨だからな。いろんな奴とやってる中には、テコンドーを武器とする奴がいたというわけさ。足技はリーチが長く破壊力も抜群だからな。一撃必殺、そうやってわざと誘いの隙を作って、相手が殴りかかってくるのをじっと待ってるのさ」
「さすがだな。そこまで見切っているとはね。こりゃ、早まったかな」
「何をおっしゃる。自信満々のくせに」
「しかし、こうやって睨み合っていても勝負はいつまでたってもつかないぞ」
「そうだな。ここは一発、相手の実力を測るためにも、あえてその手に乗ってみるもんだ」
「こっちはいつでもいいぞ」
「では、いくぜ!」
 というと、相手の懐に向かって突進する慎二。
 俊介はそれを軽く交わして、大きく足を振り上げた。
「ヨブリギか!」
 慎二を交わして、俊介が仕掛けた技は、ヨブリギと呼ぶ逆廻し蹴り。内側から横に振るように蹴る技である。
 技が見事に決まって吹き飛ぶ慎二。そばにあった大木の幹に激突し、その根元に崩れ落ちた。



「馬鹿が! 俺のテコンドーを交わした奴はいないんだぜ」
 動かない慎二。
「気絶したか……。たいした奴じゃなかったな」
 と、梓の方へ歩み寄って行く俊介。
「君が、どうしてあんな野蛮な奴と付き合っているのかは知らないが、君にはふさわしくない」
 それをさえぎるように言葉を繋げる梓。
「この僕が理想の男性だ。とでもいいたいのか?」
「その通りだよ。財力、学力、ルックスとも最上だ」
「言ってろよ。それより、決闘を放棄するつもりか?」
「放棄? 奴なら死んだ」
「ははん。後ろを見てみろよ」
 俊介が振り向くと、大木に寄りかかるようにしながら、ゆっくりと立ち上がろうとする慎二の姿があった。
「馬鹿な! 僕のヨブリギを受けて立ち上がった奴はいない」
 その声に答える慎二。
「それが、ここに居るんだよな」
 すでにしっかりと両足を踏ん張って立ち上がっていた。
「この死にぞこないめが」
 そして再び俊介に挑みかかって行った。
 俊介は今度もその攻撃を交わして反撃を加えた。
「ネリョチャギ・チッキか!」
 脳天蹴りという、足底を真上から打ち下ろす蹴りを受けて、俊介の足元に臥す慎二。
 しかしすぐに立ち上がった。
 起き上がっては挑みかかって倒されるというのを繰り返していた。
 半月蹴り(パンダルチャギ)。接近した間合いから外廻しまたは内廻しで蹴る技。
 後ろ蹴り(ティチャギ)。振り向きながら直線的に蹴る技。
「しかし、すごいな。あれだけ大きく足を振り回しているのに、全然体勢が崩れていない」
 感心している梓。
 そのそばで心配顔の絵利香。
「そんな悠長なこと言ってていいの? 慎二君、やられっぱなしなのよ」
「大丈夫だよ。そのうちにけりがつくよ。もちろん慎二の勝ちだ」
「どうしてそうなるの?」
「よく見ろよ。俊介の息が上がってきているよ」
 梓の指摘の通りに、俊介は汗を流し呼吸も乱れて、肩を震わせていた。
 どうやらこんなにも長期戦を戦ったことがないのだろう。
 一方の慎二は身体中傷だらけになってはいるが、しっかりと両足で立ち意識も明瞭のようであった。
「な、なんてしぶとい奴なんだ」
「教えてやろう。おまえが対戦した相手は、せいぜい試合でのことだろう。百戦錬磨で鋼の肉体を持つ俺には、どんな技も体表面を傷つけはするが、五臓六腑には届くことはない。どんなに傷ついてもすぐに回復するぜ。そして俺の喧嘩拳法は、相手に合わせて無限に進化する究極の技だ。テコンドーなんざ、空手を模倣した猿芝居にすぎんわい。テコンドーの試合を見たことがあるが、足を振り回すだけのダンスだよ」
「言わせておけば!」
 俊介の足技が再び飛んでくる。
 しかし慎二はそれを交わしたのだった。
「は、はずしたあ!?」
 足技が宙を切り、体勢を崩す俊介。
 次の瞬間だった。
「真空透徹拳!」
 慎二が掛けた技が決まり、宙を舞って吹き飛ぶ俊介。
 どうっ、とばかりに地面に激突してそのまま気絶してしまった。
 ついにというか、勝負は一撃で決まった。
 慎二が放った大技に茫然自失となる梓だった。
「あ、あれは……。聖龍拳!」
 それはかつてスケ番蘭子との決闘で梓が見せ付けた、沖縄古流拳法の一撃必殺の奥技、聖龍掌に他ならなかった。
 放心したように呟く梓の声が聞こえなかったのか、
「慎二君、すごいね。たった一撃で倒しちゃったよ」
 絵利香は興奮した表情で、慎二のほうへ駆けていった。
「おうよ。俺は、無敵だからな」

 こうして決闘は慎二の勝利で終わった。

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梓の非日常/第二部 第八章 小笠原諸島事件(十五)研究所破壊
2021.04.30

梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件


(十五)研究所破壊

 一騒動が終わって、艦橋に誘われる梓と麗香。
「無事でなりよりでした」
 梓が津波に流されても無事だったことを、喜んでいた。
「お嬢さまの捜索命令が出された時は、驚きましたよ。何でまた、そんな事態になられたのでしょうか?」
 梓が、無人島生活体験ツアーのことを逐一話して聞かせる。
「なるほど……。無人島生活ですか、学校側がよく許可してくれましたね」
「自由な校風の学校ですから」

「それでは、父島に送って差し上げましょうか。すでに他の生徒さん達は、帰っておられるようです」
「その前に、お願いがあります」
「なんでしょうか?」
「あの島の研究所を破壊しておきたいのです」
「それはどういうわけでしょうか?」
 正直に研究所のことを打ち明ける梓だった。
「なるほど、それは破壊してしまった方がいいですね。分かりました」
 と頷くと、副長に向かって指令を出す。
「ハープーンミサイル発射準備だ! 目標は、目の前の島にある研究所だ。塵一つ残さず消し去る!」
「了解! ハープーンミサイル発射準備!」
「目標の島の中心部、研究所!」
「ミサイル発射管付近の者は退避せよ!」
 甲板上にいた水兵達が退避してゆく。
 ミサイル発射管の蓋が開いてゆく。
「ハープーンミサイル1号発射準備完了しました!」
「ようし! 発射!」
 発射管から立ち上がる黒煙。
 その中から姿を現し、爆音を立てながら急上昇するミサイル。
 しばらく垂直上昇を続けたあと、方向を変えて島の方へと転回する。
 ミサイルは一直線に進み、島の中央部に着弾した。
「ミサイルの着弾を確認!」
 続いて人工衛星からの着弾地点の画像が表示された。
「azusa 5号D 機からの映像解析、目標地点の完全破壊を確認しました」
 オペレーターの報告を受けて、梓に伝える艦長。
「これでもう安心です。すべて消え去りました」
「ありがとうございました」

 艦長室を出る梓と麗香。
「これで解決したとは思わない……」
 ふと呟く梓。
 その意味を理解する麗香。
 あの研究員を捉えることができなかった以上、再びクローン研究は続けられるだろう。
 そして梓自体のクローン検体をまだ研究員は所持しているかも知れないのだ。
 梓のクローンが現れても、見破れる手立てが必要であると身に染みて感じる梓だった。

 その頃。
 慎二は、駆逐艦内の食堂で久しぶりの食事をかっ喰らっていた。
「今日は確か金曜だから、カレーライスかと思ったけど違うんだな」
 ここは米軍の艦艇である。
 金曜日のカレーライスは、日本海上自衛隊艦艇で出される習慣である。
 ちなみに太平洋墜落事故の時の慎二は、密航者だったので拘束されてしまったが、今回は【国連海洋法条約の第 98条 1(a)、海難事故に対する救助】におけるところの立派な海難者なので、拘束は逃れられていたようだ。

第八章 了

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梓の非日常/第二部 第一章・新たなる境遇(四)家督相続
2021.04.29

続 梓の非日常/第一章・新たなる境遇


(四)家督相続

 各国の首脳を招待してのパーティーは当然、外交合戦の場ともなる。あちらこちらで各国首脳達が言葉を交わし、活発な外交を進めていた。
 とはいえ、今日の一番の相手は十六歳となったばかりの梓であった。ひっきりなしに各国首脳が言葉をかけてくる。
 それもそのはずで、十六歳となった今日のこの日をもって梓は成人するのだ。
 パーティーも盛況のクライマックス。
 渚が設えた壇上にのぼって、出席者全員に向かってスピーチを始めた。
『みなさん。娘の梓の十六歳の誕生日にお集まり、まことにありがとうございます。
 ご存じの方も多いかとおもいますが、真条寺家は女系の家系で、代々女子が家督を継ぐことが家訓に取り決められております。すなわちわたくしは母である響子から十六歳の誕生日にこの家督を受け継ぎました。
 そして今日のこの日。我が娘の梓も十六歳の誕生日を無事に迎えることとなりました。アメリカのほとんどの州、及び日本では法律上でも結婚を許されおり、もう立派な大人の仲間入りをしたと言ってもよろしいでしょう。わたくしは、今日この良き日に、この梓に真条寺家の家督長の地位を譲ることにしました』

 おお!

 というどよめきが湧き上がった。
 世界に冠たる真条寺グループの総帥たる、その家督を引き継ぐ新しい風。
 ここに集まった多くの首脳たちの多くが、その発表を見届けるために、今日のこの日をスケジュールを明けて待っていたのである。
『グループ企業の新しい名前は、アズサフィナンシャルグループとします。梓は、グループを統括運営する財団法人「Azusa Foundation Corporation」、略称AFCの代表に就任します。当面の間、わたくしが、相談役として梓をサポートする予定です』
 招待された人々の反応は様々であった。
 新しい風を歓迎する者、十六歳という若さに先行きを心配する者、それぞれの考え方があるだろう。
『十六歳で家督長を譲られるとはねえ』
『俺は、正しい判断だと思うよ。天使のような優しさと、女神のような美しさを兼ね備えた我らがお嬢様だ。傘下企業三百二十万人にも及ぶ従業員のトップとしての資質は充分あると思うね』
『まあ、従業員達の評判や人気の度合からいっても、渚様より梓様のほうが上だからなあ。パーティーの招待者の出席率は、梓様が出席するというだけでぐんと跳ね上がる』
『ああ、そうだとも』

『梓、ちょっと来なさい』
 手招きする母親のそばには、米国大統領と体格の良い米国軍人将校らしき人物がたっていた。
『大統領は知っているわね』
『はい。はじめまして、梓です。大統領』
『いやいや。三歳の頃に一度お会いしてるんですよ』
『え? そうなんですか』
『ええ。私がまだ上院議員だった頃です。その頃も可愛かったですけど、十六歳になられて一段とお奇麗になられましたね』
『あ、ありがとうございます』
 引き続き隣の人物を紹介する渚。
『こちらは、米軍太平洋艦隊司令長官のトーマス・B・ファーゴ海軍大将』
 母親が紹介し、梓も応答した。
『はじめまして、梓です。お忙しいなかわざわざご足労いただき、ありがとうございます』
『そういえば、梓さんは、日本の高校に留学なされているんでしたね』
『はい。ジュニアスクール卒業までニューヨークにいましたが、今は日本に留学しております』
『長官には、日頃から大変おせわになっているのよ。梓、真条寺家所有の船舶の中に、原子力潜水調査船があるのは知っているわよね』
『はい。伺っております。ハワイ・パールハーバーを母港として、原子炉の整備点検や核燃料の交換など、米海軍の施設と技術要員をお借りしています』
『その通りです。長官には、その手続きを通して大統領の許可を頂くまで、随分と骨を折っていただきました』


 突然パーティー会場で騒乱が沸き起こった。
 見ると、慎二が招待されていた若者と口論していた。
『慎二!』
 驚いて駆け寄る梓。

「いやあ、こいつ日本人で日本語を話せるくせに、英語ばかりで話しかけやがってよ」
「当たり前じゃない。ここでの公用語は英語なのよ」
「ああ、知ってるさ。で、意味が判らないから絵利香ちゃんに翻訳してもらってたら、聞き捨てならないことを言いやがる」
「なんて?」
「どうやって梓ちゃんに言い寄ったんだ? とか、手ぐらい握ったんたのか? とかさ。果ては下賎の身でよくもやってきたものだ。とか、言いやがった」
「本当なの?」
 翻訳係の絵利香に確認する梓。
「慎二君の言ったとおりだわね」
「で、こいつが誰か知ってるか?」
 慎二が若者を指差して尋ねている。
「まあね……」
 あまり気分よさげではなさそうな表情の梓。
「誰?」
「かみじょうじ家ゆかりの西園寺俊介」
「かみじょうじ家じゃない! 神条寺家だ! しんじょうじと読めよ」
 英語会話していた相手が、興奮して日本語で反論する。
「どっちだっていいじゃない。区別するのに都合がいいんだから」
「早い話、どういう関係なの?」
「さあね……かみじょうじの方で、勝手にあたしの婿候補を送り込んできているという噂は聞いてはいるけどね。その一人なんじゃない?」
「婿候補?」
「そう。神条寺家ではさあ、本家であることを鼻にかけていてさあ。何かと因縁つけてくるのよね。分家の婚姻を仕切るのは本家の特権とかいってさあ。真条寺家では、とっくに縁を切っているはずなんだけど」
「つまり本家と分家の争いに巻き込まれたってことか」
「さっきから聞いていたら、さんざ悪口ばかり言いやがって。神条寺家では分家の存在など認めていない! 過去に本家から資産の半分を横取りしてアメリカに逃げてきたんじゃないか。資産を返還し神条寺家の傘下に入るのが尋常だろう」
「へえ。梓ちゃんのご先祖って、本家から資産を横取りしたの?」
「おまえはあほか! 以前話してやったことをもう忘れたのか?」
「うーん。覚えていないなあ……」
 頭を抱えて思い出そうとしているが、
「すっかり、忘れたな」
「まったく。真条寺家は、昔々に双子として生まれた一方の娘が、神条寺家から資産分けしてもらい、アメリカに渡って興した家系だよ。横取りしたんじゃないわい! その時に一緒について来てくれた大番頭が竜崎家と深川家で、麗華さんと恵美子さんはその子孫というわけ。どう、思い出した?」

「そういえば……そんな話を聞いたような……」
 梓の解説と、俊介のそれとを比較しながら感想を述べる絵利香。
「そうね。それぞれの家系が自分の都合の良いように解釈するのは良くあることだわ」
「ようするに負け惜しみのひがみ根性が染み付いているというわけか」
「君、無礼だぞ!」
 片方の手袋を脱いで、慎二の顔目がけて投げつける俊介。

「決闘だ!」

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梓の非日常/第二部 第一章・新たなる境遇(三)出発
2021.04.28

続 梓の非日常/第一章・新たなる境遇


(三)出発

 空港。
 尾翼に真条寺家の紋章、機首にはアメリカ国旗の描かれた専用機が停泊している。
 機内、仲良く並んで座っている梓と絵利香。その前に座っている篠崎良三と花岡一郎{篠崎重工専務}もにこやかに笑いながら二人と談笑している。彼らを接待しているのが麗香と梓専属のメイド達。
 窓から外を眺めていた梓が、声を上げて立ち上がった。
「あ、あの野郎!」
 慎二が送迎車に乗ってこちらに近づいてくるのが見える。
 絵利香が何事かと窓をのぞいて言った。
「なに? あ、慎二君だ」
「なんで、慎二がいるんだ。アメリカに行くの秘密にしていたのに」
「わたしは、しゃべっていないからね」
「沢渡さまは、渚さまがご招待されました」
「お母さんが?」
 やがて機内に慎二が入ってくる。
「よお、みんな揃っているな」
 慎二は良三の隣、絵利香の正面に腰を降ろす。
「慎二君。君が招待されていたなんて知らなかったな」
「あはは……。篠崎さんこそ、重役お二人が同時に会社を留守にしても大丈夫なんですか? 社長と専務ですよね」
「副社長の健四郎叔父さまが残っているから大丈夫よ。社長の地位をお父さんから引き継ぐためにアメリカ事業本部から帰ってきたばかりだけど」
「引き継ぐって……社長、引退しちゃうの?」
「引退はしないよ。母体企業である篠崎重工を含めた、グループ各社を統括する篠崎コンチェルンを立ち上げることになってね、その会長に就任するんだ」
「花岡さんも、新しく設立する篠崎重工アメリカの社長になることが決まっているのよ」
「まあ、そういうわけだけど。我々がアメリカに行くのは、コンチェルンのニューヨーク本社ビル建設用地の下見にいく用もあるのだよ」
「あ、その用地は、お母さんがブロンクスに所有している土地を提供したのよ。真条寺グループとの共同本社ビル建設ということにしたのよ」
「そうね。しかも篠崎デパートとホテルもある超高層複合ビルなのよね」
「あれ? ところで、お父さん達、どうして慎二君のこと知ってるんですか?」
「あ、いや。とある建設会社に建設機械などの重機を納入した際に、たまたまそこでアルバイトしていた慎二君に知り合ってね。彼、重機のオペレーターやってるから、使用説明とかがあるだろう」
「それに建設機械の運転免許を持っていない彼が、どうして重機を動かしているのか、気になって説明を聞いていたしね」
 篠崎氏と花岡氏が解説したが、何事か隠し事をしている雰囲気であった。
「そういうこと」
 慎二が同意する。
 実は、実父の建設会社でアルバイトしている事は、父にも内緒にしているということで、その身分も、絵利香達には秘密にしてもらいたいと、慎二が頼んでいたのであった。
「でも、社長であるお父さん達が直接出向いて行く会社って、よほど大きな会社ということ?」
「いや違うよ。そこの社長とは大学では机を並べて勉強した間柄でね。まあ、親友とまではいかないが、親しく付き合っているよ。そんな関係から、建設機械の導入も社長から相談を受けて、私が直接担当していたんだ」
「へえ、意外なところに繋がりがあるものね」
 確かに、人生どこで誰と繋がっているのかは神のみぞ知るである。


 ジャンボジェットはあっというまにアメリカへ到着する。
 着陸先は真条寺家の財力を注ぎ込んだ私設国際空港。
 私設ながらも、すぐ近くにあるジョン・F・ケネディー空港に勝るとも劣らない、国の入出国管理局や税関そして検疫施設などもある、正式に国際的に認められた空港である。
 その空港に、次々と各国政府専用機が発着を繰り返している。
 もちろん梓の十六歳の誕生日を祝う各国の親善使節が乗り合わせているのだ。
 自国で専用機をチャーターできない国家や個人には、真条寺家の自家用機で送り迎えの用意がしてある。
 空港からは、アメリカ本国に入国する一般のゲートの他、真条寺家の屋敷に通ずる直通ゲートがある。
 直通ゲートを通るには二種類の方法がある。
 入出国管理局で正式に手続きして入国する場合。
 仮上陸許可証を受けて臨時的に真条寺家や隣接の国際救命救急医療センターに来訪する場合。但しこの場合は、真条寺家の敷地内から外へ出ることはできないことになっている。慎二が以前に医療センターに運ばれた際や、今回の真条寺家訪問はこの制度を利用したのである。
「ここへ来るのは二度目だけど、相変わらず大きな屋敷だなあ。こんな大きな屋敷に住んでいる主は、梓ちゃんとお母さんの二人だけで、後の数百人に及ぶ人間は全員使用人だもんな。信じられないよ」

 梓の十六歳の誕生祝賀会が盛大にとりおこなわれることになった。

 次々と真条寺家に集まってくる人々。
 各国の政府代表・首脳はもちろんのこと、分家の傘下にあるグループ企業や主要取り引き企業のトップ達も招待されていた。もちろんその中には篠崎重工も含まれている。
 屋敷内に用意された客間で、カクテルドレスに着替えた絵利香が歩み寄ってくる。
『改めて、お誕生日おめでとう、梓ちゃん』
 その梓も、この日のヒロインにふさわしい豪華なカクテルドレスを身に纏って、来客達の挨拶を受けていた。
『ありがとう、絵利香ちゃん。今日は楽しんでいってね』
 ここでの公用語は英語となっている。自然に英語で会話をする二人。
『で、慎二君は?』
『相変わらず食ってるよ』
 と梓が視線を移す先には、立食パーティーのテーブルに並べられた豪華な食事にかぶりついていた。
『あはは……。何も言えないわねえ』
『他人の振りするに限るね。なんでお母さんが呼んだのかは知らないけどね』
『命の恩人だからでしょう?』
『たぶんね』

「ほへえ! ニュースでよく見る人物が一杯いるぜ! あいつはロシア大統領、であいつがフランス大統領、英国皇太子に……豪華な顔ぶれだ!!」
「ここは一種の大使館的存在で治外法権が適用されているんだよ。アメリカの警察も軍隊も、許可なく敷地内に入ることはできないんだ。だから仮にアルカイダのオサマ・ビンラディン氏が潜伏していても捕らえることはできないのさ」
 英語を話せない慎二のために、日本語で答える梓。
「まさか本当に潜伏してないだろうな……」
「いるわけないだろう。たとえで言っただけじゃないか」
 さて治外法権であるが、外交使節や国家元首、当該国家の許可を得て領土・領海内に入った軍隊や軍艦、国際司法裁判所の裁判官や国際連合の事務局長や事務局首脳とその家族に対しても治外法権が認められているのは周知の通りである。
 真条寺家がどのようにして治外法権の権利を得られたかは、実際のところ謎とされている。国際空港や国際救急救命医療センターをその敷地内に有しているからという説や、莫大な税金を納め国家を揺り動かすことのできる闇の大統領府としての存在を認めさせた経緯説などがある。
 前者の説が自然な流れであろうが、後者にしても真条寺渚が米国大統領や太平洋艦隊司令長官と懇意である事実がその信憑性を高めている。

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