梓の非日常/第二部 第三章・スパイ潜入(七)これから
2021.05.19

続 梓の非日常/第三章・スパイ潜入


(七)これから

 真条寺家のオフィス。
 梓が、麗華から報告を受けていた。
「やはり、スパイが潜り込んでいたのね」
 長年愛用のパンダのぬいぐるみを両腕で抱くようにしている梓。
 情緒不安定な時に見せるいつもの癖だった。
 自分の命を狙う組織が判明し、その首謀者が敵対する神条寺家の当主であり、それを密告したのが同い年の葵だったということ。
 十六歳の少女には耐えざる状況にあるということである。
 重々承知の麗華は、慎重に言葉を選んで答える。
「はい。偽の情報を与えて誰がどう動くかを監視していたところ、上手く偽の情報に釣られて正体を現しました」
「そのために自家用専用機をブロンクスから向かわせ、おまけに背格好の似ている美鈴さんにまでファントムⅥに乗ってもらって成田に行かせるとは。まかり間違えばファントムⅥが狙われていたら、美鈴さんに危害が加わっていたのですよ」
「いえ、美鈴さんは自ら志願してファントムⅥに乗ったのです。人が乗ってる形跡がなければ疑われる、フィルムシート越しなら他人でも気づかれないだろうからということで」
「そうだったの……何にせよ。美鈴さんには危険任務従事手当てを差し上げないといけないわね」
「かしこまりました。そのように致します」
「でも犯人も逃げ出す途中で、交通事故で亡くなるなんてついてないのね」
 麗華は事実を伏せていた。
 犯人を狙撃殺害したなどとは決して言えなかった。
 真条寺財閥の若く美しいご令嬢にして、三百二十万人を擁する企業グループの総帥。
 使用人に対してもその健康状態に常に気を配って、いたわりの心で接している。
 そんなやさしい性格のお嬢さまには、血で血を洗う裏の世界を見せたくなかった。
 嘘も方便という言葉もある。
「人を雇うには十分吟味しなければいけないようね。かつ買収されるような不満のおこる職場でもいけないし……。人の心は難しいわね」
「そのようでございます」
 はあ……。
 ため息をつく梓。
「今後の行動には十分気をつけてくださいませ」
「葵さんみたいに、四六時中ボディーガードを貼り付けますか?」
「いえ、そこまでは必要ないと思います」
 神条寺葵のように黒服のボディーガードで身の回りを固めてしまえば、確かに鉄砲玉のような特攻殺人はできないだろう。しかし沢渡敬のような狙撃犯に対してはまったくの無防備である。それに人並み以上の護身術は身に着けているので、わざわざそこまでする必要はないだろう。
 なによりもお嬢さまには、ボディーガードは似合わない。
 そう思う麗華だった。
「ところでスペースコロニー建設のため、ラグランジュポイントL4及びL5へ、無人宇宙実験室【スペースバード】の打ち上げに成功いたしました。今後一年に渡り重力干渉計による重力の計測、及び太陽放射と宇宙線の測定を行います」
「まずは一安心ですね。ケープカナベラル宇宙港の着工状態は?」
「整地が終了し、ジェットコースターの建設に取り掛かりました」
 地球重力を離脱するには、それを可能にするだけの加速力を得るために莫大な燃料を消費する。それを宇宙船自体の推進力に頼っては、燃料だけで船体のその大半を奪われ、肝心なペイロードが一割にも満たないことになる。これでは宇宙を頻繁に往復するシャトル便には不向きだ。
 そこで宇宙船そのものをカタパルトに乗せて、強力なカタパルトエンジンで上空へ打ち上げるというものだった。その形状はまるで遊戯施設にあるジェットコースターを、天空に向かうコースの途中で切り取ったようにできていた。
 ゆえに梓が名付けたその施設の名前が、「ジェットコースター」だ。
 単純明快にして、誰にも理解できる名前だろう。
 カタパルトエンジンは、米国のNASAが所有するスペースシャトルを、第二宇宙速度の秒速11.2km{地球表面における脱出速度}までいっきに加速することが出来る性能を持っていた。
 施設の建設と保守点検は、篠崎重工が担当することになっており、後に発足する米国現地法人の篠崎重工アメリカに引き継がれる。建設資金はAFCが全額出資していた。
 その運営には、AFCの新規事業体である「宇宙貨物輸送協会」が当面の間受け持つこととなった。
「AFCの新規事業体のすべてが順調に進んでおります。お嬢さまには、ご安心なされてお勉強に勤しんでくださることをお願い致します。それが相談役として執権代行なされている渚さまのご意思でもあります」
「そうね……。まだ高校生だものね」
 確かにAFCの代表として最終決定権を持っている梓ではあったが、実際の運営は執権代行している母親の渚である。軍事基地であるケープカナベラルに隣接する宇宙港の建設許可を取り付けるには、大統領や統合軍などに意見具申できる渚の政治力あってのことである。
 梓、十六歳。
 まだまだほんの子供でしかない。

第三章 了

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梓の非日常/第二部 第三章・スパイ潜入(六)逃走
2021.05.18

続 梓の非日常/第三章・スパイ潜入


(六)逃走

 主任が静かに端末を操作しながら言った。
「ちょっとこれを見て頂けるかしら」
 自分の端末のスクリーンに映像が投影された。それは自分がいた女子トイレの中の場面だった。手洗い場で隠していた端末を取り出し外部と連絡している様が一部始終記録されていた。
「これはどういうことかしら? 通信機のようだけど外部の誰と連絡を取り合っていたの?」
 厳しい表情で追求する主任に対し、
「あははは。わたしが白状するとでも思ったの。ばれたら逃げ出せないことくらい判ってるわ。だから……」
 というと、歯を食いしばるような動作を見せた。
「しまった! 毒か?」
 主任が察知したように、そのオペレーターは義歯に、即効性の猛毒のカプセルを隠していたようであった。
 たちまち苦しみもがき、そして息絶えた。
「なんてことを……」
 まわりにいたオペレーターが嘆いていた。
 警備員に即座に指令を出す主任。
「遺体を運び出せ!」
「はい!」
 恐れおののきながらも指令通りに、遺体を外へ運び出す警備員たち。
「それにしても、通信端末をどうやって運び込んだのか」
「以前にトイレが詰まって配管修理工を呼んだことがあります。その時に、スパイが紛れ込んだと思われます。修理工具とか必要ですから、通信用の部品を忍ばせることもできたのでしょう」
「ふむ、外部の者を立ち入らせる時は、もっと厳重にチェックしなきゃならんな」
「旧世代の通信機とは意外でした」
「うむ、今後はもっと原始的な通信方法への対策も考慮せねばな」
「原始的とは?」
「トンツートンツーのモールス信号だよ。そうだな、例えば上下水の配管はすべて外部に通じている、配管を叩くなどしてモールス信号で情報を外部へ流せるわけだ。今時、モールス信号を認識できるものはいない。ただの雑音としてしか聞こえないだろう」
「モールス信号くらいなら誰でも知っていると思いますが……」
「だが、文面を読み取れないだろう。信号に雑音を混合させて流し、受け取った側は雑音除去して文面を読み取れるという訳さ」
 一同考え込む。
 それはそうだけど……。
 という表情である。
「セキュリティールームに連絡。外部にいるはずの連絡員は見つかったか? 電力線を使って通信できるのは、変圧器までの間だ。つまりこの施設内のどこかに潜んで通信を受け取っていたはずだ。まだ施設内にいる、至急に探し出せ」
 セキュリティールームでは犯人と思しき男をカメラで追い、警備員を向かわせていた。
「D36Aブロックに逃げたぞ。施設内警備員はただちにD36ブロックへ向かえ。外回りの者は出入り口を閉鎖しろ!」
 追い詰められる連絡員。
 しかし自動拳銃を持っており、容易に近づけさせなかった。
 そして窓を割って施設の外への脱出に成功する。
 敷地内の雑木林を駆け抜ける連絡員。
 その連絡員をスコープ内に捕らえている者がいた。
 それは施設の屋上にいた。
 狙撃銃のスコープを覗きながら、素早く照準を合わせてトリガーを引いた。
 銃口から飛び出した弾丸は一直線に連絡員のこめかみを捕らえて命中した。
 血飛沫を上げて倒れる連絡員。
「さすがですね」
 背後から声を掛ける女性がいた。
 麗華だった。
「なあにこれくらいの距離なら、動いてる標的でも確実に仕留められますよ」
「特殊傭兵部隊にいただけのことはありますね」
「殺しても良かったんですかね」
「どうせ口を割らないでしょう。お嬢さまの命を狙う組織に対して、こちら側も本気だと知らしめる必要がありました」
「つまりお嬢さまの命を狙うなら、それ相応の覚悟をして掛かって来い! ですね」
 と言いながら狙撃銃を分解してスーツケースにしまう狙撃員。
「それにしても、まさか、慎二君のお兄さんが狙撃のプロ集団の特殊傭兵部隊の一員だとはね」
「こちらも信じられませんでしたよ。私が所属している、テロリストから要人を警護し、人質となった場合の救出任務に従事する特殊傭兵部隊。その部隊を抱えている財団法人・セキュリティーシステムズの親会社のAFC財団のオーナー、真条寺梓さま。そのご親友というか……悪がきが弟の慎二とはね」
 この狙撃員の名前は、沢渡敬と言った。
 表の顔は、麻薬銃器対策課の警察官である。
 麻薬銃器取締りの研修として、犯罪の渦巻くアメリカのニューヨークに渡っていた。
 だが逆に組織、実はニューヨーク市警の特殊部隊に狙われて逃げ回るはめに陥った。そんな折にニューヨーク市警も手を出せない、治外法権の真条寺家の屋敷内に、たまたま迷い込んで命拾いしたのである。
 彼には同じくニューヨーク研修にきていた同僚警察官でかつ婚約者という女性がいたが、組織からの逃亡の際に撃たれてしまった。復讐のために特殊傭兵部隊に志願したというわけであった。やがて傭兵の契約期間が過ぎ、婚約者も実は生きていたということで、日本へ舞い戻り、元の警察官に納まったのであるが、腕を買われて時々こうして犯人狙撃に駆り出されるようになったのである。
 もっとも今回は警察からの要請ではなく、かつて所属したセキュリティーシステムズからの依頼だった。
「で、遺体の方はどうなさるのですか? 臓器密売業者にでも引き渡しますか?」
「まあ、警察との繋がりもありますし、お嬢さまの命を狙う組織に警告を与えるためにも、交通事故での死亡という発表を行うのが一番でしょう」
「偽装工作ですか?」
「その道の専門家もいますからね」
「ほんとに世の中ぶっそうになってきましたね。下々の世界では覚醒剤やMDMAが蔓延し、上流階級では派閥争いで命を凌ぎあう」

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梓の非日常/第二部 第三章・スパイ潜入(五)スパイ
2021.05.17

続 梓の非日常/第三章・スパイ潜入


(五)スパイ

 その夜。
 就寝前のひととき、ベッドの中で起きて本を読んでいるネグリジェ姿の梓。
 ぱたりと本を膝のあたりに置いて、
「それにしても……」
 神条寺葵との会話を思い起こしていた。
「ライバルか……。それにあたしの命を狙っているのが、その母親ということらしいし。これって密告……だよね」
 母親が密かに命を狙っていることを知らせてくれたのだ。
 どういう心境からかは計り知れないが、これまで何度となく命を狙われたその首謀者が判ったとはいえ、それが葵の母親だったとは……。
 確かに神条寺家の財力を持ってすれば、一国の軍隊を買収して海賊行為を行わせることは簡単であろう。
 麗華を呼ぼうと、つと電話を取り上げるが、しばし考えて何もせずに元に戻した。
「いや、今夜はやめておきましょう。昼間の仕事で疲れて寝ている麗華さんを起こしてまですることじゃない」
 明日にしよう。
 少なくとも今夜は命を狙われることはない。
 セキュリティーシステムにがっちり守られたこの屋敷内にいる限りは……。

 数日後のことである。
 若葉台衛星事業部の地下施設。
 二十四時間体制で稼動している、衛星追跡コントロールセンターである。
 正面スクリーンにはAFCが運営し、協力関係にある組織の衛星の軌道がトレースされていた。スクリーンが良く見えるように階段状になったフロアーには所狭しと操作端末が並び、それぞれにオペレーターが張り付いて、衛星のコントロールにあたっていた。
 その部屋の最上段後方に全オペレーターを統括する主任監視官がいた。
「突然な話であるが、梓お嬢さまが急用でブロンクスにお戻りになられることになった。成田に自家用専用機がまもなく到着し、それに乗って真条寺空港へ向かわれる。
各監視員は自家用機のコーストレース追跡準備にかかれ!」
 かつて梓とその一行がハワイへ向かった時もそうであったように、今また万が一に備えての自家用機の追跡が開始されるというわけである。
 広大な面積を有するコントロールセンターの正面スクリーンに成田近隣の俯瞰図が大写しにされた。また別のスクリーンには成田へ向かう自家用専用機をトレースしている状況がリアルタイムで表示されている。さらには梓を乗せているであろうファンタムⅥを捕らえた「AZUSA 6号F機」からの実写映像を投影したスクリーンもあった。
「出発予定時間は午後五時二十分である」
「お嬢さまの成田到着予定時間はおよそ十二分後です」
 てきぱきと端末を操作するオペレーター達だった。
 その時、一人のオペレーターが席を立った。
「主任、ちょっとトイレへいいですか?」
「いいだろう。十分以内に戻ってこいよ」
「判りました」
 コントロールセンターを出て行くオペレーター。
 その後ろ姿をちらと見て再び正面を向いて指令を出す主任であった。
「予備機の4号B機を稼動させる。準備にかかれ!」
「了解!」
 4号B機担当のオペレーターが動き出した。
 各衛星には一基ごとに三人のオペレーターが付いていた。姿勢制御などの衛星本体の運用担当、搭載された各種機材を操作する担当、機材に電力を供給するシステムを監視する担当の三人である。特に電力供給を監視する担当は責任が重かった。電圧電流の異常をいちはやく察知して対処しなければ、高価な機材を破壊してしまう可能性があるからである。
「4号B機に電力供給開始しました。電圧・電流すべて正常値です」
「よろしい!」

 その頃、トイレに立ったオペレーター。
 その女子トイレにて用を足した後で、挙動不審な態度を示していた。
 手洗い場の下を探っていたかと思うと、その一部が開いて洗い場の下に設けられた空間が現れ、そこから何かしらの端末を取り出した。そしてイヤホンを耳に、壁の電灯線のコンセントに端末から延びるコードを差し込んだ。
「こちらK2。聞こえますか? こちらK2応答どうぞ」
 端末に向かって喋るオペレーター。
 どうやら電力線を利用した通信機のようだった。
 HDーPLC(Power Line Communication)方式、電力線ネットワークアダプターと呼ばれるものに端末を接続して通信ができる。例えば一階と二階のそれぞれの電気コンセントにこれを差し込んでLANネットを形成できる。また電信柱にある変圧器を共有している家屋同士なら、燐家とも通信ができるものだ。
 WiーFi無線LANが発達した現代では、HD-PLCの需要は減っている。
 研究室の壁は、内外からの電磁波を遮蔽する素材で出来ていた。もちろん外部からは地磁気や雷放電などの電磁波から計器の狂いを生ずるのを防ぐのと、内部からは電磁波に乗って機密が漏洩するのを防ぐためである。
 しかし、いかに電磁波をシールドしていても、計器を動かすには電力が必要である。その電力線に乗せて、その電力線が通じている別の部屋へ情報を伝達することが可能というわけである。
「突然ですが、真条寺梓が成田からブロンクスへ自家用飛行機で飛び立つことが判明しました。出発は午後五時二十分です」
 外部との連絡を終えて、端末を元通りにしまって、トイレを出て持ち場に戻り、何事もなかったように振舞うオペレーター。
 だが席に着くと同時に周りを警備員に取り囲まれたのである。

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梓の非日常/第二部 第三章・スパイ潜入(四)梓VS葵
2021.05.16

続 梓の非日常/第三章・スパイ潜入


(四)梓VS葵

「絵利香さま。梓お嬢さまは? 葵さまのお車にお乗りになられたようですが」
「葵さんがお話しがあるって、連れていっちゃったわ。一人で帰ってねって」
「そうですか……お出かけは中止ということでよろしいですね」
「はい」
「それでは、絵利香さまのお屋敷にお送りしましょう」
 後部座席のドアを開けて、絵利香に乗車をうながす白井。
「ちょっと待てよ」
 突然慎二が後部座席から顔を出した。
「び、びっくりしたじゃない。なにしてるの」
「いやね。梓ちゃんを驚かそうと隠れていたのだ」
「ふふ。相変わらずね。慎二君」
 ゆっくりと後部座席に腰を降ろす絵利香。白井は後部座席のドアを閉めて、運転席に戻ると車を走らせた。
「追わなくていいのか」
「なんでよ」
「どっかに連れ込まれてなにかされたらどうするんだよ」
「馬鹿ねえ。そんなことあるわけないじゃない」
「だってよお。やくざな男達が大勢いたじゃないか」
「あれは、葵さんのボディーガードよ。闇に紛れて連れ去ったならともかく、大勢の目撃者のいる前で誘っていったんだから。何もできないわよ」
「し、しかし」
「白井さん。先に慎二君の家に寄ってあげて」
「かしこまりました」
「あ、梓ちゃーん!」
 ファントムⅥのリアウィンドウにへばりつくように、梓達の走り去った後方を見つめる慎二だった。

 リンカーンの後部座席に乗車する葵と梓。
「ところで梓さん」
 つと切り出す葵の言葉に、緊張の面持ちで訪ねる梓。
「な、なにかしら」
「あなた。分家の家督を継いだそうね。ひとまずおめでとうと言わせて頂くわ」
「あ、ありがとう。葵さん」
「でもね、言っとくけど。わたしだって、いずれは本家の家督を継ぐの。総資産二京円の本家グループの代表にもなるわ。六千五百兆円のあなたんとこと格が違うんだから」
「そうなんだ」
「しかし、わたしは今の神条寺家の家督を継いだだけじゃ満足しないわ。あなたのとこの真条寺家をも、いずれは神条寺家に併合してみせる。そもそも財産横取りした分家なんか認めていませんからね。そして名実共に両家をまとめる真の神条寺財閥の当主になるつもりよ。そうなれば、あなただって自分の資産を自由に扱うことすらできなくなるの」
「だから、その財産横取りの話は……」
 と言いかけたが、葵は聞こえないふりしているのか、
「いいこと、梓。中国が一つであるように、神条寺家も唯一無二の存在なのよ。あなたは全財産を我が神条寺家に返すべきだわ。その時には、それなりの地位くらいは与えてあげてもよくてよ。そうね……。わたしのスリッパの温め役くらいにはしてあげるわ」
 と余裕綽綽とした口調で言い放った。
(あたしは、サルか?)
 一方的な命令調の葵の言葉に、
(いい加減にしてよね)
 と思いつつもおとなしく聞いている梓だった。
 この娘には、いや正確に言うと母娘なのであるが……。
(何言っても無駄だものね)
 とにもかくにも、何代にも渡って言い伝えられてきたらしい因縁的な誤解なのだ。そう簡単には覆すことは不可能であろう。
 怒らせては何をされるか判らないだろうし……。
 何せ梓の乗るリンカーンの前後には、黒塗りベンツがぴったり付いており、強面の黒服黒眼鏡のいかつい男達が乗り合わせているのだから。
「ところで宇宙開発に乗り出したそうね」
「ええ、まあ……」
「それは結構だけど、空にばかりに目を取られて、足元を掬われないようにね。十分気をつけて、命を失わないようにすることよ。わたしは正々堂々とあなたと剣を交えたい。しかし横槍を突く卑怯者もいるということよ」
「どういうこと?」
「さあね。今日までのことを考え直してみれば判ることよ」
 葵の意図することにすぐには理解できない梓だった。
 命を失う?
 横槍を突く卑怯者……。
 おぼろげなりにもその意味が判ってくる梓。
「まさか、あなたが……?」
「誤解しないでよ。それをやっているのは、わたしのお母様よ。その毒牙にあなたを巻き込みたくないから忠告するのよ。さっきも言ったように正々堂々と生きたいから」
「そ、そう……。ありがとう、というべきかしら」
「その必要はないわよ。あなたには生きていて欲しいからね。ライバルとして」
「ライバル……」
「そう、ライバルよ」

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梓の非日常/第二部 第三章・スパイ潜入(三)ライバルとして
2021.05.15

続 梓の非日常/第三章・スパイ潜入


(三)ライバルとして

 数日後。梓の通う城東初雁高校の正門前に、黒塗りのベンツに前後を挟まれるように、リンカーン・コンチネンタルが横付けされていた。そのでかい図体のせいで、道は塞がれて車のすれ違いすら不可能だった。ベンツの傍らにはいかにもというような風体の黒服の男達がにらみをきかしている。その異様な雰囲気に通りがかった車は、あわてるようにUターンしたり、バックで引き返し脇道へ逃げたりしていた。無理してでもすり抜けようとしたり、苦情を言って車をどかしてもらおうとする勇気のあるものは一人もいなかった。
「なにあれ、やくざ屋さん?」
 リンカーンの脇をすり抜けるように生徒達が、何事かといった表情で三々五々通り過ぎていく。ちらりとリンカーンの中を覗こうとする者もいたが、車のウィンドウは遮光スクリーンで遮られていた。

「まったく。真条寺財閥の娘が、こんな下々の学校に通学しているとは。何を考えているのかしら。門は小さくて車で入れないし、車寄せすらないとは、よほどの貧乏学校なのね」
 とぶつくさと呟く声を耳にして、黒服は声を出さずに反問していた。
(……これが一般的な学校の姿だろうが。だいたい裏門からなら入れるってのに、神条寺家の者が、裏口入学するような真似などできません、などとぬかしやがって……)
 財閥令嬢なのを鼻に掛けて、高飛車な態度をとる葵。ボディーガードとして雇われて長いが、毎度毎度腹が煮え返るような思いには閉口させられていた。しかし、転職するには昨今の情勢ではままならず、妻子持ちの彼らにはじっと堪えて耐え忍ぶしかない。
「ところで、後ろの車、梓のよね」
「二百メートル後方、黒塗りのロールス・ロイス・ファントムⅥですね。確かに梓さまのお車のようです。少し広めの道路の交通の邪魔にならない場所で、待機しているというところですか」
「それじゃ、何。このわたしが交通妨害しているといいたいの?」
「い、いえ」
(……しているだろが……)
「ふん。下々の者は、よけて通るのがあたりまえでしょ」
 双眼鏡を覗いていた男が口を開いた。
「あ、誰かがロールス・ロイスに近づきました。何かがらの悪い奴ですね。親しげにお抱え運転手と話しています。やあ、おっさん。梓ちゃんのお迎えかい。さ、沢渡君もお帰りですか」
「おまえ、一人で何を言ってるの」
「じ、実は読唇術の心得がありまして、同時通訳しています。つ、続けますか」
「勝手になさい」
「では、続けます。なあ、おっさんが出迎えにきているということは、どこかに出かけるつもりか。そ、それは……あ、ちょっと車に乗らないでください。いいからいいから。やめてください、お嬢さまにしかられてしまいます。なあに俺と梓ちゃんの仲じゃないか。どういう仲なんでしょうねえ。ああ、沢渡君、やめて。って、とうとう乗り込んでしまいました。後は見えなくなりました」
「おまえは馬鹿か」
 呆れ顔の葵。

 一方、放課後となり校舎玄関から校庭に出てきた梓たちがいた。
「梓ちゃん。見て、あれ。葵さんじゃないかしら」
 と絵利香が指差す先に、リンカーンを見届けた梓。
「そうみたいね。窮屈な学校から解放されて、自由な時間を迎えようとしている時に、一番会いたくない人物の出迎えを受けるなんて、今日は仏滅?」
「梓ちゃんを、待ってるみたいね」
「あたしは、会いたくない。裏門からばっくれようか」
「それ、女の子の言葉じゃないわよ、やめなさい。とにかく、ああやって狭い道をいつまでも塞がせておくわけにはいかないでしょ」
「しかたないか」
 二人がリンカーンに近づくと、梓の顔を知っているお抱え運転手がドアを開けて、乗車をうながした。
「梓さま、どうぞお乗りくださいませ。葵お嬢さまがお話しがあるそうです」
 言われるままに乗車する梓。
「絵利香さま。申し訳ございませんが、お嬢さまは梓さまとお二人だけでお会いなされるとのことで、本日はお引き取り願いますか。よろしければ後ろのベンツでお送りいたします」
「いえ、結構です。一人で帰れますから」
 ドアのウィンドウが開いて、梓が顔を出して言った。
「ごめんね、絵利香ちゃん。今日は、あたしの車で一人で帰って」
「う、うん」
「出して頂戴」
「かしこまりました」
 絵利香を残して三台の車は走り去っていく。それを見届けたかのように、ロールス・ロイス・ファントムⅥが近づいて来る。運転手の白井が降りて来る。

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