性転換倶楽部/性転換薬 XX (八)アダムのリンゴ
2019.05.20


性転換倶楽部/性転換薬 XX(ダブルエックス)


(八)アダムのリンゴ

 二週目。

「お父さん、声変わりしてる」
 由香里は、わたしの体調の変化に逸早く気づく。それだけわたしのことを心配し、
気にかけている証拠である。
「そうか?」
「何か喋ってみてください」
「えーと……。あいうえお。たけやぶやけた。この竹垣に竹立て掛けたのは、竹立て
掛けたかったから、竹立て掛けたのです」
 ぱちぱち、と拍手する由香里。
「やっぱりです。女性の声になってます」
「ほんとうか?」
「はい。正確には、男性3・女性7という感じですね」
「そうか……」
「良かったですね。これで人前でも自由に声が出せますよ」
「そういえば、由香里はどうしたんだ。女性の声出せるようにするのに、相当苦労し
たんだろ?」
「ええ。最初のうちは全然だめでしたね。声がかすんだり、喉が痛んだりして、なか
なか巧く発生できませんでした。でも、ある日。ほとんど偶然に声が出せるようにな
りました。ちょっとしたコツがあったんです。それが判るまで悪銭苦闘でした」
「そうだろうなあ。その点、わたしは何の苦労もしないで声が出せるようになった。
声だけじゃなくすべての面においてもな」
「うらやましいですね」
 鏡を覗いてみると、喉仏が消失していた。
 首筋もかなり細くなっている。
「アダムのリンゴ、という逸話をご存じですか?」
「アダムのリンゴ?」
「昔々、楽園にアダムとイブという男女がいました。その楽園には、大きなリンゴの
樹があり、おいしそうな実がたわわに実っていました。しかし、それは神しか食べて
はいけない禁断の実でした。ある日の事、悪魔の化身の蛇が現れて、イブを誘惑して
そのリンゴの実を食べさせてしまいました。そのあまりのおいしさにイブは、アダム
にも食べさせてあげようとさらにリンゴを二つ取りました。『さあ、アダムもお食べ、
おいしいですよ』とリンゴを一個手渡して、自分も二つ目を頬張りました。イブがお
いしそうに食べるのを見て、禁断の実とは知りつつもリンゴを口にするアダム。
 その時でした。神が突然現れたのです。驚いたアダムはリンゴが喉につかえてしま
います。『おまえ達、禁断の実を食べたな』と、神は詰問しましたが、イブは食べて
いませんと嘘をつきます。『嘘をついてもわかるぞ』と神が言うと、イブの胸がぷっ
くりと膨らんでいきます。リンゴが喉につかえていたアダムの喉にも小さな突起がで
きました。
 リンゴを二つ丸々食べたイブと、喉につかえてしまったアダム。
 これが、女性には乳房が二つ、男性には喉仏ができたわけでした」
「あはは、なかなか面白いじゃないか。どこから仕入たんだ」
「お父さんの病院の待合室にある本棚に置いてあった本です」
「待合室か、あそこの本のことは、看護婦に任せているからな。確か、妊産婦向けの
婦人雑誌と、幼児向けの童話とかが置いてあるはずだが」
「実は、真菜美ちゃんが、入院していた時にたまたま見つけたんですよね。真菜美ち
ゃんは本好きだから、暇さえあれば読み漁っていたから」
「そうだな」

 声変わりと喉仏の以外にも、身体の変化は全体に及んでいた。
 筋骨隆々の男性的な体格から、なだらかで丸みのある、そしてほっそりとした女性
的な体格になっている。
 特に骨盤の発達が著しい。
 妊娠・出産を支える大切な器官だ。
 産婦人科医の意見として、もう少し発達してくれないと困る。これまでの発達スピ
ードからして、理想的な大きさになるには一週間はかかるだろう。
 反対に極端に小さくなっているのは、肩と肋骨あたりの骨。その部分の骨の成分が
吸収されて、骨盤の成長に回されているようだ。
 念のために骨密度を計ったら正常値にあった。まずは一安心。
 続いて、胎児の診断に使う、超音波診断器を使って、身体の中を透視してみる。
 通常の半分くらいにまで成長した子宮が映っていた。
 どうやら順調に改造が進んでいるようで一安心といったところか。
 それにしても……。子宮の中に胎児の姿をついつい探してしまうのは、産婦人科医
の哀しい性だ。胎児が映っていたら驚くだろうな。心霊現象かと、水子供養しなけれ
ばならないだろう。妻は処女だったからそれはないだろうが。それとも処女懐胎よろ
しくマリア様気分にでもなるか。


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