続 梓の非日常/第三章・スパイ潜入

(一)神条寺葵  ここは神条寺家。  今から百余年前のこと、梓の属する真条寺家が、財産分与を受けて分家したその本 家に当たる。  しかしながら、時代を隔てて今日の神条寺家では、真条寺家が財産を横取りして、 それを元手にアメリカ大陸で繁栄したという誤った言い伝えを信じていた。双子の一 人に財産の半分を持って行かれたのであるから、本来なら全額相続できたかも知れな いもう片方の子孫達が怒りを覚えるのは当然だろう。  以来、両家は太平洋を挟んで、犬猿の仲のまま双方とも発展を続けていた。  リビングで本家の当主たる神条寺靜とその娘の葵が言い争っている。 「家督を譲れですって。何を馬鹿なこと言っているのよ、この子は」 「だって、分家のほうじゃ、十六歳の梓に家督を譲ったというじゃない」 「それで自分にも、家督を譲れと言うのね」 「そうよ」 「だめです」 「どうして?」 「分家には分家の、本家には本家のやりかたがあるのです。だいたい、あちらはアメ リカ人です。制度も風習も違います」 「そんなのないよ。同じ神条寺家よ」  執拗に食い下がろうとする葵だったが、 「いい加減になさい。母に逆らうつもりですか。あなたを廃嫡にして、妹に相続させ ることもできるのですよ」  と言われては、身をすくめてすごすごと引き下がるしかなかった。 「わかったわよ!」  吐き捨てるように言って、リビングを後にした。  廊下に、黒服の男が立っていた。  葵はその前を通り過ぎるが、黒服は葵の後に付いてきていた。 「調べはついたの?」  立ち止まることなく黒服に尋ねる葵。 「はい。梓グループはそれを統括運営する財団法人AFCのもと、直営の生命科学研 究所・衛星事業研究所などの九つの各種研究機関と、約四十八の企業から構成されて おります。世界各地に点在する七十五箇所の生産基地と販売拠点、それらを結ぶ動脈 ともいうべき所有船舶数は四十九隻、うち原子力船が四隻。総排水量にしておよそ二 百万トン」 「ちょっと待って、原子力船ですって。なによそれ。一民間企業が簡単に所有できる 代物じゃないわよ」  急に立ち止まり振り返って確認する。 「はあ、それが、アメリカ国籍企業となっております資源探査会社AREC(アレ ク)「AZUSA Resouce Examination Corporation」が運営、財団法人AFCが所有す る深海調査船でして、母港はパールハーバーです。米国海軍の強力な保護下にあるも ようで、北太平洋・南太平洋及び大西洋海域において、現在メタンハイドレードと海 底熱水鉱床及び海底天然ガスの分布と埋蔵量の調査を行っています。ちなみにARE Cは、予備機を含めて五基の資源探査気象衛星も稼動中させています。海と空からの ほぼ完璧な布陣を敷いている感じですね。資源調査では、他企業を圧倒してほとんど 独占状態です」
 
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