梓の非日常/第二章 スケ番グループ(青竜会)
(四)稽古始め  道場に集まった空手部の面々。  二・三年部員に、真新しい道着を着込んだ一年生。そしてその中に梓の姿も。 「先生、いいですか?」  キャプテンの山中が、下条教諭に確認した。  新学期最初の稽古始めなので、普段は顔を見せることのない顧問教諭である下条も 来ていたのだ。スポーツに事故はつきものだ。空手初心者の一年生もいるので、指導 する先輩達が十分に慣れて、後を任せられると判断出来るまで、顧問教諭は監督指導 する義務を持っている。 「うん。はじめてくれたまえ」 「わかりました」  山中が向き直って、一年生と武藤に指示を出した。 「それじゃあ、一年生は型からはじめよう。武藤」 「はい」 「手本を見せてやれ」 「わかりました」  指名されて前に出る武藤。次期主将ということで、一年の練習の面倒をみることに なっていたようである。 「まずは見ていてください。型がどんなものか手本をお見せします。その後で、みな さんにやってもらいます」 「ではまず、スーパーリンペイ{壱百零八手}・鶏口拳です」 「おいおい。いきなりスーパーリンペイかよ」 「あはは。あいつ、あれしかまともに知らないからな」  ちなみに、リンペイという型があってその上位技がスーパー・リンペイというもの ではない。漢字表記が示すように一つの型であり、剛柔流最高の技でもある。似た型 には東恩流のペッチューリンがある。 「さあ、一年生は武藤にまかせて、二・三年生は一年生の邪魔をしないように自由組 手だ」  山中が両手を広げて、二・三年部員達を道場の反対側に押し遣るようにして、稽古 をはじめる。 「あいよ!」  一年生のグループから少し離れた場所で、組手をはじめる二・三年生達。  蹴りや手刀がぶつかりあう音、道着の擦れ合う音、掛け声、さまざまな音が道場内 にこだまする。  一方の一年生グループは、武藤の型の演技に見入っていた。  一通りの動作手本をゆっくりと確実に行う武藤。しだいに額に汗がにじみ始め、や がてそれは滝のように流れる。  ……へえ。空手の型のことは、あまり判らないけど、あの動きなかなかのもんじゃ ない。さすがクラブで一番だとかいうだけの実力はありそうね……  武藤の動きをじっと見つめていた梓が感心していた。  やがて型をおえた武藤が、深呼吸し呼吸を整えてから、一年生達に向き直って言っ た。 「それでは、一年生は横に一列に並んでください」  武藤の指示に従って並んでいく一年生達。 「僕が型の一挙一動をゆっくり示しますので、ラジオ体操のようにみなさん後から、 真似をしてついてきてください」 「はーい」  明るい返事が道場内にこだまする。無骨なクラブなら『押忍!』と答えるところな のであろうが、ここのクラブは親睦的な雰囲気が漂っている。  流儀最高の型である、壱百零八手。空手を始めたばかりの一年生がそう簡単に扱え る型であるはずがない。みんなぎくしゃくして動きにもなっていない。ただ一人を除 いては。  梓は、武藤の動きに合わせて一挙一動見事なまでについてきていた。とてもはじめ てのこととは思えない完璧な動きだった。  下条教諭は、そんな梓の動作を食い入るように見つめていた。自分の担任する女子 生徒が空手部に入ったというので一目置いていたのである。  ……ほう……真条寺君は、最初の手本を見ただけで、体道のおよそを理解したよう だな。動きがなめらかでまるで淀みがない。少しもバランスを崩さないのは、足腰の 鍛練が十分にできているからだ。さすがに女だてらに空手部に入るだけあるな……し かも、ただ鍛練したというだけではなさそうだ……
     
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