プリンセスドール/人として(1)

 (五)人として

 刺激に対して反応することを知った助手は、その日以来ありとあらゆる生体反応実験をはじめるようになった。
 すでに音が聴こえることにも気づいていた。
 だから何かする時には必ず声を掛ける。
「どう? 光が見える」
 瞳孔反応は以前からあったことであるが、より丁寧に微妙な変化をも見逃さないように観察している。
 知覚神経というものは、刺激が与えられてはじめて反応する。ゆえにそれを発達させるためには根気良く刺激を与え続けることである。しかもちゃんと反応を確認しながら、対処しなければならない。助手はどんなに単純で気の遠くなるような繰り返しを、辛抱強く続けていた。それはもはや愛に裏打ちされた真剣な行為であった。

 助手の献身的な愛に支えられ、私は少しずつ機能を発展させていった。
 目を開くことができて光を感じるようになった。
 手が動き、足が動くようになった。
 やがてベッドに起き上がるまでになったのである。
 ベッドの渕に腰掛ける私に、助手がやさしく声を掛ける。
「理奈。じゃあ、ゆっくり立ち上がってみて。大丈夫だよ、僕が支えてあげるから」
 その声に励まされて、ぐいと足を踏ん張る。
「その調子……、ゆっくり、あわてないで」
 さらに足に力を入れて……。
 立った!
 ついに立ち上がったのである。
「理奈! 立ったよ。やったよ! 立てた、立てた」
 はしゃぎ回り喜んで、抱きついてくる。
「おめでとう。これでもう一人前だよ」
 感激して涙を流している。
 もちろん私とて同じ気持ちである。
 立って歩き回れるようになったのである。
「秀雄さん……」
 思わず、助手の名前を口に出してしまう私だった。
「え、今。僕の名前を……呼んだよね」
「はい……」
「声を出せるようになったんだね」
「はい」
 やったあ!
 飛び上がって喜ぶ助手……いや、秀雄だった。
 その名前は何かに付けて、
「僕は秀雄だからね。覚えておいてね」
「ひ・で・お。秀才の秀に、オスメスの雄と書いて秀雄だよ。忘れないでね」
 と事あるごとに言い続けていたから、耳に残っていたのでつい言葉に出てきてしまったのである。
これからは秀雄と呼ぶことにしよう。

 立ち上がった私に、秀雄は綺麗なドレスを買ってきて着せてくれるようになった。
「綺麗だよ、とっても似合っているよ」
 鏡の前に立って、ドレスを着た自分の姿を見つめる。
 うん、やはり馬子にも衣装だ。
 いわゆる「ゴシック・ロリータ」略してゴスロリとも呼ばれる、フリルやレース・リボンなどの装飾をふんだんに取り入れた、見るからに少女趣味のドレスである。
 この身体になるまえ、プリンセスドールに着せようと思っていたドレスである。
 同じ研究をしている先生と弟子であるから、趣味が合うのかも知れない。
 ちなみに、プリンセスドールは16歳という年齢に設定して創造した。
 だからこういう少女趣味のものも良く似合う。
 ともかく助手の買ってくるドレスには満足している。
 しかし不安がないでもない。
 このドレス、それ相応に高価だと思うのだが、研究所の安月給では次々と買える代物ではないだろう。代金をどうやって工面しているのであろうか?
 まあ、そんなことに悩んでもしようがあるまい。どうせ話してくれないだろう。

 ともかくも、そんなドレスを着て自宅の中を歩き回れるようになっていた。
 まだ足元が不安定なので外は歩かせてくれない。
 それらのドレスを着て、足の鍛錬を兼ねて庭を散歩する毎日が続く。
 愛し合う若い夫婦。
 他人が見ればそう映るかも知れない。
 もちろん食事も私が作るようになっていた。
 一人暮らしだったので、ある程度のことはできたが、さらに腕を磨いて秀雄に喜んでもらおうと努力した。秀雄も私の料理したものを喜んで食べてくれた。
 掃除洗濯と、新妻のように甲斐甲斐しく働いた。
 とにもかくにも幸せな日々が続いていた。